第13話 ゴシップ

 「お忙しい所すみません。」


 疲れ果てた金曜の夕方。会社を出たところで、見知らぬ男性に声を掛けられる。

駅前にはわけのわからない勧誘をする人々がいる。いつも通り、無視して通り過ぎようとすると、相手が私をフルネームで呼んだ。


 「長井さつきさんですよね?」


 振り返らないわけにはいかない。でも、いくら相手の顔を凝視したところで、誰なのか思い出せなかった。


 「ごめん、誰?」

こういう時は、適当に話を合わせて、久しぶり~とか絶対言わないようにしている。


 「突然、すみません。お時間あったら場所を変えてお話したいのですが。」

渡された名刺には、誰もが知っている写真週刊誌のロゴが入っていた。


 「何?時間ないから。手短にしてくれる?」

我ながら初対面の人に対してかなり態度が悪い。一見おとなしそうに見える若造は、黙って数枚の写真を渡してきた。


 「何、これ。」

状況も自分が何をするのが正しいのかも、判断が出来ない。

山下と私が並んで歩いている写真だった。普通に並んで歩いているだけの写真。でも見る人が見たら、とても楽しそうで幸せそうな二人に見える。二ヶ月ほど前に一緒に食事に行った時の物だ。楽しくお酒を呑んで、珍しく私の方からどうしてもカラオケに行きたいとわがままを行って、店を移動した。その道中の写真。


 プロの腕に恐怖を感じる。だって、二人きりじゃなかった。山下はわりと早い段階で私を本物の山下さんに紹介してくれた。山下さんは二人での食事を禁止することもなく、山下にできた本当の友人の存在を喜んでくれているようだった。私が男勝りだから、並んで歩いていてもスタッフに見間違えると思ったのかもしれない。


 ただ一言、「こんな仕事してるから気を付けて。」とだけ言われた。

その後山下さんとも仲良くなって、よくお互いの友人を誘いあって食事に行くようになった。その、ワンシーン。すぐ前にいる山下さんや後ろを歩く私の友人が映りこまないように、見事なアングルでツーショットの写真が撮られている。


 「西園寺さんとはどのようなご関係ですか?」


 最初こそ恐怖を感じていたが、それはやがて怒りに変わる。

目の前の記者を睨みながら、電話をかける。


 「ちょっと、今から出てこれる?」


 私の電話でのただならぬ雰囲気を察して、用件も聞かずにすっ飛んできたのは山下と長岡君。カフェのテーブルで記者を睨みつけている私に二人とも怯えている。記者は記者で、私が山下を呼び出すとは思っていなかったようで、驚いている。事情を知って、山下が山下さんを呼び(ややこしい)、4対1での話になった。


 「少し前の飲み会の時の写真ですね。ご挨拶が遅れてすみません。長井さつきと交際している長岡と申します。」

丁寧に口火を切ったのは長岡君だった。記者がきょとんとしている。


 「お二人は交際されているのではないのですか?」

山下に向けられた質問に長岡君が即答する。


 「ですから、僕とさつきは交際してますよ。こちらは共通の友人の山下さんです。さつき、これ何の集まり?」


 山下が噴火する。

「なぜ、俺じゃなくメイのところに来た?」

「私たちにも名刺をいただけますでしょうか。」と山下さんが続ける。低音で響く静かな声に威圧感がある。


 私もキレた。

「あんた、気のすむまで私を尾行しなさいよ。そして、ちゃんと事実を記事にしなさい。いいね!?」

 

 人のプライバシーを売ることで生活をしている男は、

「おー、こわ。そうさせてもらいますね~。」

と軽く言って、山下さんの手元に名刺を置き、ろくな挨拶もせず、ひゅっと右手を挙げて去っていった。





 

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