第12話 三角

 時折、私には彼氏が出来る。


 自分も女なのだな、とそんな時に思う。体ではなく心が疼く。どうしようもなく人を好きになったり、愛してもらったりする機会が時々訪れる。それでも男友達との連絡は絶たない。交際が始まると必ず友達に彼を紹介することにしている。だって、彼氏がいても友達と食事に行くから。それが異性だと、内緒が後々面倒くさいことになるって長い時間をかけて学んだ。紹介を拒む人は、最初にどんなに心を揺さぶられても、わりと早めにお別れする結末になる。自然体でいられない人と過ごしていて心が窮屈になるのが一番嫌い。


 男女間の友情は成り立つのか。私はYESだと思っている。実際結婚してからも交友関係が続く友人は何人もいる。その人たちに共通しているのは夫婦間の会話がたくさんあって、お互いがオープンなこと。奥さんにも男友達がいて、それぞれ昔からの交友関係を尊重している。奥さんから旦那を奪おうとしているわけではないのだから、騒ぎ立てることもないのだが、結婚を機にぱったりと連絡が途絶える人もたくさんいる。それはそれで仕方ない。幸せならそれでいい。がんじがらめならばお気の毒様。


 「彼氏できた。」


 久しぶりにこちらからかける電話。夜は遅くまで起きているのが分かってから、あまり気兼ねしない。


 「へー、そうか。」

後ろから、音楽が聞こえる。自身の商品音楽とは違う、普通にこの年齢の男性が好んで聴きそうな賑やかなサウンド。


 「紹介しておきたいんだけど、時間とれる?」


 「は?」


 山下は、私の彼氏紹介システムの説明をひとしきり聞き、短く笑った。


 「そんなの聞いたことねぇなぁ。メイって面白い。」


 面倒くさいのが嫌なだけなんだけどね。


 旅館の御曹司。そんな肩書の男が私の勤める旅行会社にはいる。将来の稼業継承に向け、修行として旅行会社の営業を数年経験する。私みたいな女がなぜかお坊ちゃまの目に止まった。実家に帰れば相応しい嫁をもらうだろう。気楽なお付き合いだ。旅館の女将になるつもりは私には全くない。


 仕事終わりのスーツ姿の彼の前に、山下は派手なパーカーを羽織って現れる。旅館で育っただけあって、現役のアイドルを目の前にしてもなんのリアクションもない。


 「初めまして。さつきと交際しています。長岡と申します。」

名刺まで出て来た。ちょっと堅苦しい。


 「こちらが以前に話した、私の友人の山下君。」


 「どうも。山下です。」

右手を差し出す。挨拶と共に握手をする習慣のない彼はちょっと驚いたそぶりをして、それでも笑顔で出された手を軽く握った。


 私と彼が並んで座り、私の向かいに山下が座る。

「メイ、優しそうな彼氏が出来て良かったな。」


「メイ??」

ほら、そんなあだ名をつけるから説明がややこしい。


「こんな風に食事をしていると、三角関係みたいですね。」

彼が突拍子もないことを言い出した。冗談のつもりなのが分かるのは私だけ。

真面目な顔でそんなことを言えば、山下が驚くだけでなく、店員がこっちを見ている。


「そりゃ、いいな。メイをめぐって二人の男が争う。」

山下は愉快そうに笑った。


 結構長い付き合いになるが、お互い微塵も恋愛感情を抱いたことがなかった。

そんな争いに山下が参戦してきたら、私はいったいどうするんだろう。起こってもいないことを想像しても不毛なだけだと、一瞬で気づいてジンソーダを飲み干した。




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