第10話 一方通行

 「お前ら、ちょっとは喜べよ。」


 初めて自分から山下に電話をかける。特に用事はない。


 「何それ?」

 推される山下、忙しすぎて自分の発言を覚えていない。


 ラジオ局の入り口での一件を話すと、あの列にいたのかと電話口で大騒ぎしている。周りが和んであの後、すごくいい空気になったんだよ。みんな優しそうな人だって言ってた。


「そんなことよりさぁ。メイ、初めて電話くれたな。」


 不規則な生活をしている人に用事もなく電話をかけるのは憚られる。それに、用事がない。


 「すごく嬉しい。」


 少し年上だけど、山下のこういう素直なところに尊敬の念を抱く。嬉しいとか、ありがとうとか、教えてとか、大人になると口で伝えるのが照れくさかったり、恥ずかしいことのように感じてしまったりする。そんな風に思うから私は人付き合いが下手くそで、親しい友人がなかなか出来ないのかもしれない。山下は一本の電話がかかってきた、たったそれだけのことに嬉しいありがとうを繰り返した。


 「いつ寝てるか分からない人に、なかなか電話できないよ。」


 「みんなそう言って、離れていくんだ。連絡があるのは事務所の人と今同じ現場で働いている人達だけ。確かに昼も夜もない仕事だから仕方ないのかもしれないけど。」


 大勢の見知らぬ女性に推されて生きている人が、純粋に寂しがっている姿はなんとなく可愛らしい。


 「また、こっちからも電話するよ。寝てたら無理に出なくていい。3回鳴らして出なかったら切る。」


 「3回は少ない!なぁ、メイ。なんか今まで一方通行みたいに感じてたんだ。待ち合わせにも来てくれるし、電話にも出てくれるけど、誘われることも電話がかかってくることもない。ちょっと不安だった。」


 いよいよお年頃の女の子みたいな発言が飛び出した。


 「何を心配してるの?私たち、友達でしょう?初対面の日から酔っぱらって醜態をさらけ出して、推される人ではなくて個人として友達になったんでしょ。今さら変なこと言い出して、あほらしい。」


堪え切れず笑ってしまう。山下はそれで安心したようだった。


 「また食事行こう。今度は友達も誘って。」


 了解して電話を切ったが、あまり友人に山下を紹介したくない気もしている。

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