第5話 発熱
二度と会うこともないと思っていた山下だったが、その後ちょくちょく電話がかかってきた。あの元上司から電話番号を聞いたらしい。一昔前の話だから無罪放免といったところか。今なら個人情報云々で大問題だ。もちろん、最初の電話は失態を詫びる電話だった。聞けば飲み会の途中からの記憶がほとんどないらしい。私は事細かに事実を伝え、「いい大人がみっともない酒の飲み方をするな。」と言って電話を切った。
それからの連絡は、毎回「用事は?」と尋ねたくなるような内容がほとんどだった。仕事でこんなことがあっただの、明日はどこへ行くだの。他の男友達と何ら変わらない雑談。私には女友達がほとんどいない。数人で集まって、その場にいない人の悪口を言ったり、誰が付き合ってるだの別れただの、他人の色恋話でワーキャー騒いだりすることに全く興味がなく、それに合わせようとしなかったから、学校でも親しい友人が出来なかった。その代わりといっては何だが男友達が多い。恋愛対象にされてちやほや扱われることなく、適度な距離感でいられる男友達は気楽でいい。山下も勝手に私を友人に認定したのか、そんな感じで連絡をしてきて、とりとめのない話をした。
休日、いつもよりゆっくり起きてのんびりコーヒーを飲んでいたら電話が鳴った。山下だった。こんな時間に電話してくるのは珍しい。
「熱が下がらない」
がらがら声で風邪の報告だった。テレビでは山下が所属しているグループのコンサートツアー最終日の盛り上がりを紹介している。
「マネージャーさんに来てもらいなよ」
テレビに映っているキラキラした山下は私の知っているそれとはまるで別人だ。脚本に書かれているのかキザな台詞を恥ずかしげもなく客席に投げ掛けている。電話口の山下はどちらかと言えばカッコ悪く、さらに言えば早々におっさんへの道を歩みだしている感がある。
「マネージャー、男なんだよ。こういうことに疎い。家で奥さんが寝込んだ時も看病せずに遊びにいって、今離婚ギリギリ。」
「事務所に女性スタッフいるでしょう?誰かに来てもらわないと、代わりのきかない仕事してるんだから。私に電話してる場合か?」
少し声のトーンが落ちた。
「メイ、俺はお前の仕事、よく分からないけど、体調崩したときに職場の人に来て欲しいの?」
山下は私をメイと呼ぶ。さつきという名前を英語読みにする。当たり前だけど今までそんな呼ばれ方をされたことがなく、やめてくれと頼んだのに改まらなかった。わりと頑固な一面もある。同じく少々頑固で鈍い私はようやく自分が困った山下に呼ばれていることに気づいた。
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