第6話 王族は人ならざる者
「あー!楽しかった‼」
ケメスに一泡吹かせ、私は思い切り伸びをした。
「お前性格えげつないな」
ケメスと会ってから全くと言っていい程、存在感を消していたアレンが話しかけてくる。
言葉とは裏腹にその顔はにやついている。
「ふふっ!でも主人としては悪くないでしょ?」
「それとこれとは違うが、まぁ、あの女には良かったんじゃねぇか?」
「だといいわね、あっ!ミーシャ、そこの宝石ケメス様が盗んで行ったから騎士団に要請かけて!」
「はい!承知致しました!」
ケメスが盗んだというよりも私がポケットに入れたのだが、ミーシャは余程ケメスのことが嫌いだったのか、喜々として部屋から出て行った。
「アレンは昨日の稽古場に先に行ってて!」
「へいへい」
生返事をするアレンの背中をそれとなく見ながら、私はごく自然にカップの脇に置いてあるティースプーンを取った。
アレンは完全に背中を向けている。
私は狙いを定め、アレンめがけてティスプーンを勢いよく放り投
「行儀が悪いとか注意しねぇのか?」
げようとした瞬間、アレンが面倒臭そうにルーカスに話しかけた。
「騎士である私の仕事はサラ様のお体を守ることであり、マナーは管轄外だ」
「……何で気づいたの?全くこっち見てなかったし、音もたてないようにしたのに……」
「気配と声の調子、服の動く音、まぁあとは感覚だな。あの侍女に話しかけたあたりから声の調子が少し高く、気配が強くなった。何か企んでる奴の典型だ」
(さすがエリックが強いって言うだけあるわ。でも……)
昨日の様子から考えて『うるせぇ、自分で考えろ』などと言われるかと思ったが、意外にも丁寧に教えてくれた。
私が驚いているとアレンはもう用は無いとみたのか扉を出ていく。
(もしかして、少し心を開いてくれた?)
私は淡い期待と共にミーシャが戻ってきてから稽古場へと向かったが、その淡い期待はすぐに打ち砕かれ、昨日と同じ様に木剣の柄は血で滲んだ。
アレンとの約束から3日目の朝。
私は全身の筋肉痛と手の痛みで起きた。
身を起そうとするだけで体が痛むので、じっくりと天井を眺めているとミーシャが遠慮がちに入って来た。
その顔はなぜか暗い。
「サラ様、起きていらっしゃったんですね」
「うん、何かあったの?」
「国王陛下がお呼びです」
心臓を鷲掴みにされた様な感覚が走る。
私は身を起こし、震えそうになる体に力をこめて抑える。細く長く息を吐き、自分を落ち着けた。
「分かった、すぐに準備するわ」
身支度を終え、謁見の間へと続く廊下をルーカスやミーシャと歩く中、ミーシャが不安そうに話しかけてきた。
「昨日のケメス様の件でしょうか?」
「……分からないわ」
レトニア王国国王、グライデル・イグニス・ルーリアはサラの実の父親であるが、サラの知る中で一番考えが読めない相手だった。
(時間的に考えればケメス様のこと……もしくはアレンのこと?エリックのこと?)
ケメスの奴隷の件は、夜にルーカスを通してそれとなく騎士団に探る様に伝えたが、それぐらいで国王が動くとは思えなかった。
(あれくらいの内容ならケメスの父親である宰相がもみ消せるはず、いちいち私を呼び立てる必要は無い)
(じゃあアレンやエリックのこと?でもまだ彼らと何も行動を起こしていないのに)
グルグルと同じ様な思考が巡り、背中を汗が伝う。
サラにとって果てしなく長く思えた廊下が終わり、ミーシャは扉の直前で控え、サラだけが謁見の間に入った。
中に入ると、純白の髪と黄金の瞳を持つ、四十手前の国王が玉座で肘をついて待ち構えていた。
周囲に人は少なく、宰相やその補佐、護衛の騎士など最低限の人間だけが立っている。
私は自分の怯えを悟られない様ににっこりと微笑み、淑女の礼をした。
「久しいな」
野太く威厳のある声が響き渡った。
「はい、以前拝謁賜ったのは年明けの社交会の時ですから五か月ぶりくらいでしょうか?」
「あぁそんなに経つか……昨日宰相の子息が〝冤罪〟で捕まった。人身売買での余罪があるなどの噂も出たが全てがただの噂だった。何か言うことはあるか?」
「いいえ、何もありません」
ケメスが無罪となることは想定の範囲内だったため、私は努めて冷静に明るく言った。
国王は何を考えているのか、そのままじっと私の瞳を見つめてくる。
「子息が言うにはお前と何やら取引をしていたらしいな、占いが当たったら〝元〟奴隷と交渉出来る権利を得るとか」
「はい、その通りでございます」
(何を聞きたいんだろう)
肌をチリチリと焦がす様な不快感の中、私は微笑みながら返す。
「〝元〟奴隷に同情したか?」
「はい?」
本当に何が聞きたいのかと思い、私は素のまま答えてしまった。
同情したかと言われれば、何ともいえない。
ケメスの彼女への扱いが私の癇に障り、アレンに私を知ってもらう上で一番手っ取り早いと思ったからケメスを貶めた。
癇に障った理由を紐解けばそれは同情も含まれるかもしれないが、直接的な理由ではない。
私が返答せずにいると、国王はゆっくりと話だした。
「サラ・イグニス・ルーリア、2年前、私がここで説いたことを覚えているか」
ズキッと心臓に何かが突き刺さった様に胸に痛みと緊張が走った。
「…………はい」
「述べてみよ」
(あぁ、そういうことね)
国王が何を言いたいのか、分かった瞬間に私の心は冷えていった。
「……王族は人ならざる者である。人の理に、情に、理解は示しても寄り添ってはならない」
2年前、この謁見の間で私が国王に教えられたこと。
それは、王族は人ではなく、その上の崇高な存在であるから、大局を見て全てを判断するために人の道徳や倫理に理解を示すことはあっても、同情するなど寄り添ってはいけないということ。
つまり、今回私が呼びつけられたのは釘をさすためだ。
たった一人奴隷のために、貴族の、しかも宰相の息子を貶める様なことをするなど王族としてあってはならない行為だと言いたいのだろう。
これ以上王族として反する行為は許されないということだ。
(馬鹿げてる)
腸が煮えくり返るとはこういうことかと痛感するほどに、グラグラと体の内側で私は怒りに燃えていた。
今回、被害を被ったのはケメスだが、それは自業自得だし結果的にそれすらも無かったことになっている。
彼は父の手伝いをしているとは言っていたが実質仕事をしていないので、国に与える損害は無い。
それなのに、なぜ、同情してはならないという理由で目の前で物扱いされている人間を気にかけてはならないのか、私には理解できない。
恐らく、私が民に同情して思い余った行動をとらない様に釘をさしている。
国王は私の怒りを見透かしているのか、満足げにほほ笑んだ。
「もうよい、下がれ」
「はい」
私は深々と頭を下げ、謁見の間を出た。
何か話しかけようとしてくるミーシャを無視し、自室へ見苦しくない様に足早に戻る。
「朝食は部屋で食べる……30分後に持ってきて。それまで少し一人にして」
低い声でそう告げると、私は扉を閉めてクローゼットへと向かう。
中から自分の背丈ほどの大きなクマのぬいぐるみを取り出し、きつく抱きしめた。
一年と少し前にエリックからもらった物だ。
エリックのことはほとんど信用している。子供好きで優しくて強い。
でも、全部は信用してはいけない。エリックには孤児院や他に面倒をみている子供など弱みが多すぎる。
「味方が欲しい」
ポツリと私は呟いてしまった。
部屋には私しかいない。それでも油断してはならないことは理解しているのに思わず出てしまった。
国王や宰相、国の重鎮達は『王族は人ならざる者』だという。
では、その人ならざる者が過ちを犯したとき、誰が正すというのか。
(そんなもの、同じ王族しかいない)
私はぬいぐるみを抱きしめる力を込めた。
今、私はたった12歳。何の抗う術も無いただの子供。王位継承権も3番目。
王位が巡ってくる可能性などほぼ皆無。
(でも、本当に王族が人ならざる者だと言うなら)
私はぬいぐるみから顔を上げ、忌々しい植物で出来た国壁を見据えた。
(必ずあの壁を壊す。不可能を可能にしてみせる)
どれだけ傷ついてもいい。打ちのめされてもいい。
国壁を壊すためならなんだってする。
(だから私は本当の意味で人よりも優れた人間に、人ならざる者にならなければならない)
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