第5話 捕らわれた子羊、ケメス
まるで楽しい玩具を見つけた様に黄金の瞳を輝かせ、不敵にほほ笑む目の前の少女から、ケメスは目を離せずにいた。
「三つ目がまだですよ」
囁く様な小さな声に反して、抗うことを許さないとその言葉は頭に響く。
(なぜ、こうなった)
宰相の息子という自分が、第一王女と婚姻を結ぶことは難しいことではないはずだった。
私、ケメス・リーグランドは見た目が良いだけで、他者から秀でた才能も、努力出来る才能も無い。
そのことに気が付いたのは、12歳からだったと思う。
厳格な父は私に優秀な家庭教師をつけたが、勉学も剣術もその他も試してみたがあまりうまくいかない。
努力しなければとは思うが、その努力に見合った結果が返ってくることはなく結局諦めてしまう。
そんな時、お茶会が開かれた。
お茶会に出てみると、ただ宰相の息子というだけでもてはやされ、そこで自分の見た目の良さにも気がついた。
流行りを追いかけ、自分を特に優しくしてくれる女性達をお姫様として扱い、ほんの少し『言葉遊び』として誇張するだけで皆が私に注目して、尊敬した。
それがとても心地よかった。
私が注目を集めることに熱中すると、対照的に父からの干渉は減っていった。
それが寂しくもあり、安堵もした。
しかし、大人になってくると私は影で馬鹿にされていることに気がついた。
父親から仕事を任せてもらえない。女を口説くしか能が無い。
そんなことを言われ始めたとき、幼い少女が目に入った。
天真爛漫で、純白の髪と輝く黄金の瞳をもつ第一王女、サラ・イグニス・ルーリア。
この世の汚れを知らない様なその姿に、深く嫉妬と嫌悪を覚えながらも、実に都合が良いと思った。
見た目や言葉での取り繕い、女性を口説くことしか能が無い自分は、今までのように注目され、重要視されるためには婚姻が一番確実だった。
王族であれば地位としては申し分ない。
見た目もまだ幼いながら、絶世の美女になることはほぼ確実といえる。
欠点といえば、2年前に使用人に襲われて怪我をしたらしいが、とりあえず見える所には無い。
何より、一点の穢れも無いこの少女を落とすなど、簡単なことだと思っていた。
それなのに……
「貴方、奴隷でしょう?」
『傷物』の手を取り、少女はにっこりと笑いながら言った。
私を重要視する人間が減り、そのことに我慢が出来なくなり、買い求めた最高級品の奴隷。
人身売買がこの国で重罪に当たることはもちろん知っている。
ただそんなもの、奴隷は調教済みだから、鎖を外し、本人に口止めをしてしまえば気づく者など居ないと思っていた。
ザワザワとする胸の内を隠し、確たる証拠は無いと思いなおした時、純白の少女は言い放った。
「んーと、祝福の泉からはそんなに離れられないから、だいたいの国は絞れますよね?それで、レトニア王国から近くって、奴隷制でー……あっ!そういえば最近グレアス地方に旅行に行ったんでしたっけ?じゃあ、誰から彼女を買ったのか特定出来ちゃいますね!」
ゾクリと背筋が凍った。
『傷物』を買った人間達とはその場限りの関係だった。
発覚する訳が無いと思っていたから口止めもしていない。
幼く、一点の穢れも無いと思っていた純白の少女に捕らわれたことに気がついた時にはもう遅かった。
私は震える声でサラ様に聞いた。
「三つ目……とはなんでしょうか?」
サラ様はふふっと小さい天使とも思える笑いを漏らした。
彼女の本性を知ってしまった今としては悪魔としか思えないが。
「そうですね、さっきまでの二つは現在のことを見たので、今度は未来を見ましょうか!今度はケメス様の未来を視て差し上げますよ!」
サラ様は私の手を握ってきた。
ギラギラとした黄金の瞳が、私の内側を焼く様に見つめてくる。
その顔は本当に何かが見えているかの如く楽し気に笑っていた。
「あっ!大変ですケメス様‼ケメス様のお屋敷にたくさんの騎士が入っていくのが視えます!これはそうですね……すっごく近くの未来だと思います!あれ⁉」
サラ様の小さい手が私の頬に触れた。
思わずビクリと痙攣してしまう。
「顔が青いですよ⁉大丈夫ですか?お屋敷のことも気になりますし、一度帰った方が良いですね!」
ゴクリと唾を飲み、かろうじて私は頷いた。
「そう、ですね……体調も悪いので帰らせていただきます」
サラ様に手を離され、私は『傷物』を連れて急いで扉に向かった。
「では、失礼致します」
「はい!あっ、占いが三つとも当たっていたら、ケメス様がどんな状態であろうとも、彼女との交渉する権利は私にあるのでそのつもりで!」
「……はい」
私は『傷物』を連れて出来る限り早く馬車に乗り込んだ。
御者を叱り飛ばし、早く走らせる。
そして、両手を組み、自分を安心させる。
(大丈夫、こいつを買ったのは国外の事だ。すぐに捕まるわけじゃない)
国外のことを調べるには手続きがいる。手続きを踏んでいるうちに非同盟国に逃げてしまえばケメスの勝ちだった。
「大丈夫、大丈夫大丈夫大丈夫」
ブツブツと自分に言い聞かせ、斜め前に座る奴隷を見る。
いっそのこと、この辺りで解放してしまおうかとも思ったが、この『傷物』が手に入ってから王宮はもちろん色んな所で人目についてしまっている。
どれだけ取り繕っても、コレを無かったことには出来ない。
そうこうしているうちに馬車は屋敷に着き、使用人に大急ぎで支度をさせる。
ケメス自身もじっとしていられず、部屋で旅行鞄に金になる物などを詰めていたその時、控えめにドアがノックされる。
「ケメス様、王国騎士団の方々がお見えです」
ドクッと心臓が動いた感触がした。
(早すぎる)
ケメスが王宮を出て、まだ3時間程しか経っていない。
ケメスが驚きのあまり答えられずにいると、ズカズカと騒がしい足音と使用人の止める声、そして不躾に扉が勢いよく開かれた。
現れたのは数名の屈強な王国騎士団。中央の厳つい男が剣の柄に手かける。
「ケメス・リーグランド卿、貴方に窃盗の容疑がかかっている。事情をお伺いしたい。速やかにご同行願います」
「…………窃盗?」
何を言っているんだとケメスが呆けていると、騎士は正面まで無遠慮に歩いてくる。
「失礼、身体検査をさせていただく」
「な、なにを!」
騎士がケメスの上着のポケットを探ると、大粒の宝石が一粒出てくる。どこかで見たことがある気はするが、明らかにケメスの物ではない。
「これはどういうことでしょうか?」
「待て!私は知らない‼無実だ!」
叫んだ瞬間、その宝石がどこにあったのかを思い出した。
ケメスが通された王宮の客室にそれは飾られていたはずだ。
そして宝石が出てきたのは左のポケット。
(左側にはサラ様が座っていた)
自分の思い通りにチェスで勝ち、気を抜き、天真爛漫で無垢な様に見えたサラの豹変と、占いと称して自分の罪を暴かれた恐怖から、彼女の手元を気にする余裕など、ケメスには無かった。
「全て、仕組まれていたんだ」
ポツリとつぶやくとケメスはその場に崩れ落ちた。
『ふふっ!三つ目!当たっちゃいましたね』
ケメスには頭の中で無邪気な悪魔の声が聞こえていた。
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