第4話 無邪気な悪魔の遊び
私は客間にケメスを通し、チェスをしている。
「チェックメイト」
「あぁ!ケメス様強すぎます‼」
私は難しい顔をしてチェス盤を見る。現在私の3連敗中。
「ハハッ!いやいやサラ様もお強いですよ?」
見え透いたお世辞をケメスは上機嫌に言ってくる。
ミーシャに出してもらった紅茶を一口飲み、周囲を見まわす。傷の女性はまだ花冠を付けたまま、ケメスの後ろに控えている。
そして扉の近くでは護衛のルーカスとアレンが立っており、客間はボードゲームや見栄えのする宝石などの調度品が飾られている。
私は相手を不快にさせない程度の小さいため息を吐く。
「もうチェスは飽きました、別の事をしましょう!」
「いいですよ!次はそうだなぁ……」
ケメスは客間のボードゲームが飾られている棚を見回すが、私はそれを全身で遮る。
「駄目です‼もう頭の勝負でケメス様に勝てる気がしないんですから!」
「ハハハ!分かりました。お姫様、では何がお望みですか?」
私はんーと唸りながら顎に手を当てる。
「そうだ!次は占いにしませんか?」
「占い?」
ストンとケメスの横に座る。
「最近占いにはまっているんです!私の占いは結構当たるんですよ!」
「へぇ、女性はそういうのが好きですね、やりましょう」
「ふふっ!ケメス様やっぱりお優しいですね!そうだ!占いが当たってたら何かご褒美もらってもいいですか?」
「いいですが……何がご所望で?」
私は後ろを振り返り、手のひらで指した。
「彼女と交渉する権利が欲しいです!私の占いが3個以上当たったら彼女と交渉して彼女が良いと言ったら私が養います!」
「……コレと……交渉ですか」
途端に上機嫌になっていたケメスの顔が曇る。ケメスの見栄っ張りな性格からして、顔に傷がある者を連れ歩いているということはよっぽど使えるし、手放したくないのだ。
私は上目遣いにケメスを見た。
「駄目……ですか?その……ケメス様から護衛の人を取ろうっていうことじゃなくて、彼女の方がケメス様と年が近くて大人で……あの……どうせ占いだし」
最後は自信なさげに尻すぼみに言葉を小さくする。
ケメスは確か18か19歳、後ろの女性は23前後くらい、私は12歳だった。
ケメスは頬を緩ませ、私の髪を耳にかける。
「分かりました、いいですよ!」
「やった!ありがとうございます‼じゃあ貴方、そっち座って‼」
「え?コレを占うんですか?私じゃなくて?」
ケメスも声をかけられた女性も目を丸くしている。
「だってケメス様のことは有名だし、彼女のことは私は知らないから丁度良くないですか?それとも、何か知られると困ることでも?」
小首を傾げてケメスを見る。
「いや……かまわないが」
(やっぱりね)
ケメスの知られたくないことに検討をつけつつ、驚いている彼女の手を引き、ケメスと私の正面に座らせる。
「じゃあ、手袋を取ってください」
女性は戸惑いながらも左手の手袋をとって手を差し出してきた。
私は女性の手を取り、その掌をじっと見つめる。
女性の手は全体的に固く、汚れていて、マメは何度も潰れた跡がある。
手から視線をそらし、じっと女性を見つめると女性も深く青い瞳で見つめ返してきた。
その瞳は一見虚ろな様に見えてどこか怯えている。
私は安心させるように笑顔を作った。
「貴方、奴隷でしょう?」
ビクリと女性の肩が跳ね上がり、ケメスを見る。
ケメスは慌てて私に話しかける。
「あの……サラ様⁉何を……」
「ふふっ違いますか?」
もう相手の機嫌を取る必要は無い、そう思うと自然と私の声は小さいのに響き渡る。
少女にしては低めの声になった。
このレトニアでは奴隷の文化は無く、人身売買そのものが禁止だった。
関与が発覚すれば上流貴族といえど、禁固刑は免れない。
「違います!何をおっしゃっているのか……」
「じゃあ、焼き印を探してみますか?」
「…………」
奴隷の体には焼き印が印されている、それを見れば一目瞭然だった。
(彼女の尊厳を傷つけることになるけど、でもこのままよりはマシでしょう)
一番初めに気がついたのは名前が傷物ということだった。
いくら何でも、彼女の年齢で名乗りたくないなら別として本当に名前が傷物というのはおかしい。
試しに彼女を抱きしめ、護衛の服で隠れている襟元を覗き見れば、そこには鎖の跡が痛々しく残っていた。
そして手袋を取ってもらい、手首を見てもその跡は残っている。
先ほど渡した花冠はあれから1時間以上はたっているのに、いまだに彼女の頭の上にある。
子供の遊びに付き合うには少々長すぎる。
(奴隷の教育で、誰かにされたことはそのままにしろって命令されているのね)
愕然とするケメスは少し考えた後、持ち直した様に猫なで声で話しかけてきた。
「仕方がありませんね、そうです。彼女は元奴隷です。私が彼女を救ってあげたんですよ」
「では、彼女を今では人扱いしていると?奴隷として購入した訳では無く?」
「もちろんです!前の主人から逃げてきた所を私がそのまま護衛として雇い、丁重に扱っています!」
最初の話では家族が病に臥せっているから、という話だったと思うが、そこはあえて指摘せず、私はケメスに負けずに優しい声で言った。
「ケメス様はお優しいですねぇ?でもお気づきですか?あなたの足の裏、赤い木の実の汁がついているんですよ?」
「……だとして、それが何か?」
「あれ?彼女の太もも!同じ色が少しついてますね!すっごい偶然‼」
にっこりと私が笑えばケメスは言葉に詰まる。
「それに彼女、右手に〝祝福〟を受けてますね?」
彼女がまたビクリと跳ねる。右手を差し出す様に手を促し、手袋を外してやると、人差し指から腕にかけて黄土色の植物が根を張ったような不思議な模様があった。
紛れもない〝祝福〟の証。
この世界には、レトニア王国を含めて数か国に祝福をもたらす泉が存在している。
祝福の泉の水を体に取り入れると、神から気に入られれば、水はその者に適した不思議な力を与える。
しかし神から気に入られなければ、自我を失い、死に至る。
状況にもよるが、祝福を受けられる者は英雄候補と言われる程に少ない。
「わぁ!二つめが当たっちゃいました!時にケメス様、祝福を受けた顔に傷のある女性の奴隷って世界に何人くらいいるんでしょうね?」
祝福の泉が発光し、祝福を試せるのは年に3人までと言われている。
泉、その物を隠匿していることもあり、正確な数を知る物は居ないが周辺での祝福を受けた者の発見事例などでだいたいの予測はつけられている。
ケメスが青ざめていくのを横目で見ながら私はわざとらしく顎に手を当てて考える。
「んーと、祝福の泉からは離れられないから、だいたいの国は絞れますよね?それで、レトニア王国から近くって、奴隷制でー……あっ!そういえば最近グレアス地方に旅行に行ったんでしたっけ?じゃあ、誰から彼女を買ったのか特定出来ちゃいますね!」
「わ、私はもうこれで……」
立ち上がろうとするケメスの服を私は勢いよく引っ張った。
12歳の少女の力だというのに、ケメスは腰が引けているせいで勢いよくソファに落ちた。
私はケメスに体ごと近づけ、じっくりとその碧い瞳を見つめ、小声で話す。
「三つ目がまだですよ」
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