第2話 お試し従者


サラが宣言すると、後ろからエリックの豪快な笑い声が聞こえてきた。


「王女ちゃん、流石だなぁ!アレン!女の子にここまで言われてお前も引き下がれないんじゃないか?」


アレンはこれでもかと顔に皺を寄せ、面倒くさそうに私を見た。

「……一週間後だな。分かった」

「いいえ、一週間以内よ‼勝敗は一週間以内で一回でもアレンに一撃でも与えれば私の勝ち‼それくらいのハンデはあってもいいでしょ⁉だから一週間だけ私のお試し従者をしてもらって……」


「はぁ⁉ふざけんな‼」

サラの言葉を聞いてアレンは怒鳴り始めた。

つまり、一週間共に過ごすうちに、サラがアレンに一回でも勝てばサラの勝ちになる。

憤慨するのは当たり前だった。


怒鳴り散らすアレンを無視して私はエリックを振り返る。


「エリック‼戦場で一週間、朝7時から夜9時まで気を張るなんてこと普通にあるわよね⁉」

サラの言葉を聞いてエリックは苦笑した。


「逆に時間が決まっているだけ好待遇だな。アレン、それくらい付き合ってやってもいいだろ!」

「こ・と・わ・る!ガキの言うこと聞くなんて無理だ」


「一週間、朝7時から夜9時まで傍に居るだけでいいわ‼その分のお給料も出す‼これで断るならエリックを使って傭兵仲間に12歳の女の子との勝負から逃げたこと言いふらすわよ‼」


肩で息をしながら詰め寄ると、アレンは観念したようにため息を吐いた。

「うぜぇ、……一週間だけだ」

「やった!」

私はグッと拳を握り飛び上がる。


「じゃあ、まずは普通に試合をしましょ‼」




しばらくして、王族の稽古場にサラ達は来ていた。

稽古場と言っても、王宮剣術はただの伝統になりつつあるため、第一王位継承者と第二王位継承者の兄二人も滅多に使わない。サラはドレスを脱ぎ、乗馬服に着替えている。


剣を構え、綺麗に整地された砂の上で私とアレンは向かいあった。中央にはルーカスが審判役として立つ。


(お、重い)


刃を潰した剣を持つアレンに対して、私は木で出来た剣を選んだ。それでも十分に重い。

しかも木剣を選んだというよりは、通常の剣が重すぎて危ないとルーカスから指摘があり、木剣となった。


前を向いて握る柄に力を込めるが、生まれてこのかた本以上に重い物など、持ったことが無い。前に構えているだけで風に吹かれれば、今しがたエリックから習ったばかりの構えがぶれてしまう。


「はじめ‼」


ルーカスの通る声が聞こえた瞬間にカンッと軽い音と共に手から肩にかけて痺れ、風が駆け抜けた。

思わず瞑ってしまった目を開けるとすぐ目の前にアレンが見下ろしている。


呆然としていると、コンッカンッという木剣の落ちた音が横から聞こえる。


一瞬にも満たない時間で距離を詰め、持っていた剣を弾かれたのだとやっと理解した。


「嘘……」


アレンはフンッと軽く鼻を鳴らす。

「さっきの言葉は聞かなかったことにしてやるから、このふざけた勝負は終わりだ」

「い、嫌‼」


手から肩までまだ剣を弾かれた衝撃で痛い。それでもサラは木剣を取りに走った。

「まだ、一回しかやってない‼」


木剣を取り、アレンに向き直る。ヒュッいう音と共にさっきエリックに教えてもらったばかりの構えを取る。

「一週間以内という約束よ!」


(私には、城以外の強い味方が絶対必要。だから)


風が吹き、純白の髪がなびく。

「絶対に認めさせる」


自分に言い聞かせる様に言い放ち、真っすぐにアレンを見据えれば、アレンは少し驚いた様に目を見開いた。












(何でここまで……)

夕暮れ、地面が赤く染まる中、目の前の少女の握る木剣の柄も赤黒く染まってきた。

普段剣など手にしないのだろう、皮が破け、血が滲み始めている。


アレン・カストルは戸惑っていた。

蝶よ花よと大事に何不自由なく育てられたはずの目の前の少女は、歯を食いしばりながら強い意志の瞳をもってアレンを見据える。


カンッと何百回目か分からないが、目の前の少女の剣を弾く。

「サ、サラ様!もうお夕食前の準備をしませんと‼手の治療に湯あみも‼」


侍女が甲高い涙声で叫ぶ。さっきからどれだけ護衛と侍女が静止しようとしても止まらなかったが、時間が来たということで少女は終了を受け入れた。


「王女ちゃんよく頑張ったなぁ!」

アレンにとって、育ての親といっても過言ではないエリックが、ガシガシと少女の頭を撫でる。


(そういえば、エリックの様子もおかしかったな)


普段なら、自分がこれだけ大人げないことをしていればいくら子供自身から言い始めたこととはいえ、少し手心を加えろと割って入るはずだ。


少女が稽古場から出ていき、着替え等もあるためかついていかない護衛と目が合った。

アレンは気になっていた質問を投げかけた。

「お前ら信用されてないのか?あのクソガキは何であんなに必死なんだ?命令聞くだけならお前らで足りてるだろ」


護衛は苦々しく俯いていると、後ろからエリックが明るい声で言った。

「2年前、使用人に殺されかけたんだと。当時結構話題になっただろ」


「使用人に?覚えてねぇな」


護衛が観念したようにエリックの言葉を引き継ぐ。

「ただの使用人じゃない。サラ様が生まれた時から一緒だった乳母に襲われた、ということになっている」


「?」


詳しく話を聞くと、あのクソガキは2年前、町に出た先で護衛と侍女から離れたせいで誘拐されそうになった。そこを当時の侍女が命がけで助け重傷を負い、侍女はその日のうちに亡くなった。


次の日の深夜、仲の良かった侍女が亡くなったことに錯乱した乳母から、刃物で切りつけられ、血まみれの所を発見されたという。


その後、乳母は家族諸共国外追放になったらしい。


(王族を殺しかけて死刑を免れたのか?)


「あれからサラ様は笑顔でいてもどことなく、我々に壁を作るようになった……今日の様に誰かを必死に追いかける姿は久しぶりに見たな」


しみじみと遠い目をして護衛は言った。


「『襲われたことになってる』ってのはなんだ?」


「……サラ様は乳母に襲われたと言っているが、発見当時サラ様は全身切りつけられて血だらけだった、にも関わらず乳母は返り血の一滴も衣服についていなかった」


護衛は眉間に皺を寄せ、目を閉じた。


「乳母の証言では夜、サラ様に呼ばれて寝室を尋ねると既にマントを被った男が侵入しており、その者がサラ様に切りかかり、乳母に気が付き逃げたと言っている。乳母の証言通り、窓は内側に向けて割れており…………何よりサラ様の証言が当時、聞く度に毎回違うことから真相は分からないとされている」


アレンは鼻でハッと笑った。

「錯乱していたのはどっちだっつー話しか」


状況を考えれば乳母の言っていることが正しく、クソガキの方がいかれている。

それでも王族の体面を保つために乳母に罪をなすりつけ、国外追放となったのだろう。


「本当にクソガキだな」

「今の、使用人に殺されかけたということ以外は黙っていてくれ……サラ様が懐いているお前たちだから話たんだ」


アレンはフンッと鼻を鳴らすとその場を立ち去った。

エリックは護衛に神妙に頷き何か考え込んでいたが、このまま帰宅するらしい。


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