愛する人達のために、大事な国壁ぶっ壊します

@hirasakaharuka

第一章 真実

第1話 みんな信用できない


「私が勝ったら貴方は一生絶対服従!分かった⁉」


腰まである白い髪をなびかせ、金色の瞳を輝かせながらレトニア王国第一王女、サラ・イグニス・ルーリア12歳は王宮庭園で高らかに宣言した。


目の前には25歳の黒髪黒目、浅黒い肌のいかにもゴロツキといった青年が、ゴミでも見るかの様な目でこちらを見据えている。




― 第一王女と青年の出会いは3時間前に遡る ―


「おはようございます」

眩しい朝日の中で目を覚ますと20代前半の侍女であるミーシャが穏やかに言った。

「おはよう」

眠い目をこすりながら窓を眺めると遠目に嫌でも国を取り囲む植物の壁、我が国自慢の国壁が見えた。

太陽の光をこれでもかと浴びた国壁の悠然とした姿に不快感を覚えながら、ミーシャに手伝ってもらい、寝間着を脱ぐ。


背中にある脇腹から肩にかけての大きな古い切り傷があらわになる。


透けるような白い髪と黄金の瞳を持ち、背中に大きな傷のある傷物王女。それが私、レトニア王国第一王女であり第三王位継承者サラ・イグニス・ルーリアだ。


「今日はエリックさんがいらっしゃる日ですね」


ふふっと嬉しそうにはにかむミーシャはサラの侍女になって2年になる。


よく気配りが出来るし、選んでくれるドレスもセンスが良い。どんな我儘も常識の範囲内で叶えようと努力してくれる。傷物とはいえ、第一王女の侍女であることに誇りをもって働いてくれている。


(でも、信用できない)


私は子供らしい笑顔を作り、返す。

「そうね!楽しみ‼」


身支度を終えて部屋を出ると、護衛の騎士が挨拶をしてくれた。


「おはようございます、サラ様」

「おはよう、ルーカス!」


30歳になり貫禄が出てきたルーカスは、2年前、私を命がけで誘拐犯から助けてくれた正義感溢れる最高の騎士だ。


(それでも、信用しては駄目)



私にとって信用できる人間など、城の中には誰一人として居ない。



朝食を終え、勉強が終わり、時間になると王宮庭園へ出た。

見渡す限り手入れの行き届いた数百種類の花や植物、その中で目当ての人物は手を振ってこちらを見ていた。


「エリック!」

私は走り出し、大柄で見るからにがさつな中年の男の腹にダイブする。腹を抱きしめると固い筋肉ばかりで、まるで暖かい丸太を抱きしめているのではないかと思ってしまう。

エリックはサラの突進にはビクともせず抱きしめる。


「よう王女ちゃん!また美人になったんじゃねぇか?」

「ふふっ、ありがとう」


エリックは王国騎士団の中でも強いと評判の傭兵だった。

そして何より趣味で孤児院に遊びに行くほどの子供好きだ。


騎士になるのは堅苦しくて好まないとのことで、自由気ままに金で雇われた時以外、誰の命令も聞かずに行動している。



私にとって唯一、信用してもいいかもしれない人。



「ねぇ!誕生日プレゼントは⁉」

「おう、良い男連れて来たぜ!アレン、挨拶!」


エリックが振り返り、サラもエリックの後ろを覗く。エリックが大きすぎて見えなかったが黒髪黒目の通常サイズの青年が無表情で恭しく礼をしてきた。


「お初にお目にかかります第一王女殿下。アレン・カストルと申します。貴方の従者になる気は全くありませんが、エリックの顔をたてるために参りました」


「思ったより若いわね、年はいくつ?」

先週12歳になったばかりの少女にいくつ?など聞かれれば怒って当たり前だが、アレンは無表情に答える。


「25です」

「ワッハッハ!これでも俺の次くらいに強いんだ!王女ちゃんもきっと気に入る。本人は王族の従者なんてやる気が無いからな!あとは王女ちゃんの交渉だな!」


エリックは私の頭を乱暴に撫で、ウィンクしてくる。

サラが12歳の誕生日にエリックにねだったのは、絶対に信頼できる従者が欲しいというものだった。


エリックにボサボサにされた髪を手で軽く撫でつけながら、アレンに向き直る。


「何で私の従者になりたくないの?お給料は傭兵をするよりも良い金額を出すけど」

「……質問にお答えする前に、先ほどからのエリックの言葉遣いや行動は不敬に当たらないのでしょうか?」


無表情のまま、アレンは聞いてきた。

「んー、お兄様やお父様達には駄目だけど、私は皆と本音で話したいの!だからアレンも思ったこと言ってくれていいのよ?」


「……本気で言ってんのかこのクソガキ」

「え」


ボソッと低い声が発せられ、エリックはククッと笑い出した。

アレンの顔はさっきまで感情がなかった事が嘘のように、眉間に皺を寄せ、ゴミを見る目でサラを睨んでいる。

思わずエリックの腹にもう一度抱きつくが、アレンの言葉は休まらない。


「引き受けない理由は4つ。第一に従者をする性格じゃない。第二にそこまで金に困っていない、第三に王族なんつー傲慢でふざけた連中と関わりたくない。第四にお前みたいな頭の中に菓子が詰まってるクソガキの下につくなんて御免だ」


ピシャァァンと雷に直撃されたかのような衝撃がはしった。

今まで、第一王女である私にここまで口汚く罵った人間は居ない。


「な…頭……ふざけ…………え?」

意図せずに、唇が震え、言葉にもなっていない言葉が出てしまう。

サラの反応にアレンはフンと鼻を鳴らして続ける。


「そもそも、いくらクソガキが本音で話したいっつっても王族であるお前に本音で話す人間なんて居るわけがない。だから頭に菓子が詰まってるって言ってんだ」


「おい!貴様いい加減にしろ‼」

とうとう後ろで控えていた護衛騎士のルーカスが窘めに入る。今にも剣を抜きそうな気迫だ。


「サラ様が許可したとはいえ、無礼です!謝罪なさい‼」

ミーシャも私の肩を抱き、ルーカスの援護に入る様に叫ぶ。


エリックはこらえきれずに大口を開けて笑い、その様子を見た二人が更に怒る。当のアレンは飄々としていた。


「本音で言えと言われたから言ったまでだ。問題があるのはそっちの許可の出し方だろう」

「貴様‼」


ルーカスがアレンの胸倉を掴もうとした瞬間、その手は小虫を払うかの様な軽い力で弾かれた。

笑っているエリック以外、3人とも唖然として静まりかえってしまった。


常人離れした速さなどではない。誰にでも見える動き。ただその動きが洗練されすぎて常人には何をしたのか分からなかったのだ。


騎士の中でも中の上くらいの強さを誇るルーカスも突然のことに目を丸くしている。


アレンは大きくため息を吐いた。

「エリック、会って話はしたんだ。俺は帰るぞ」

「待って‼」


無意識に私は叫んでいた。

アレンはこちらを見るが、何も言わない。


「……何で王族が嫌いなの?」

「別に王族だけが嫌いなわけじゃねぇ。自分で何も出来ないくせに、世の中全て自分中心に回ってると思いあがっている金持ちも貴族も嫌いなだけだ」


「何も出来なくなんかないわ!集団には統率する者が必要だもの!だから」

「だから敬われるのは当然か?統率能力で選ばれた訳でもなくただその血筋に生まれただけなのにか?」


私はグッと言い淀んでしまった。

確かに、王族だから人格者で統率能力に優れているかというとそうではない。


(でも……)


「私は敬われるだけの能力があるわ!」

「あ?」


ピクリと眉を引きつらせてアレンが一歩前に出てきた。すかさずルーカスが私を守る様に立ちふさがるが、それを押しのけて私からも一歩前に出る。


(ここで引いてはいけない)


グイッとわざと顎を上げ、アレンを睨みつける。


「アンタなんて、ちょっと強いからって粋がっているだけじゃない。私は王族よ!第一王女よ!一週間もあればアンタに勝つことだって出来る!王族は人ならざる者なんだから‼」

「話にならないな、俺は帰る」

アレンが踵を返して帰ろうとするがすかさずそこに呼びかける。

「じゃあ勝負する⁉一週間で、勝った方が負けた方の言うことを聞けばいい‼」


「ちょ、ちょっとサラ様!」

「いくら何でも……」

ミーシャとルーカスが止めに入ろうとするが無視してサラはアレンを追いかけた。


足を止め、振り返ったアレンと向い合せになる。


自身の胸に手を添え、王者の貫禄が出る様にはっきりと言い放つ。

「サラ・イグニス・ルーリアの名のもとに宣言するわ。私がもしも負けたら王女の権限を使って出来る限りの願いを叶えてあげる!その代わり‼」


私はアレンを勢いよく指さした。

「私が勝ったら貴方は一生私に絶対服従よ!分かった⁉」


第一王女であり、第三王位継承者。サラ・イグニス・ルーリア。

自分をゴミの様に見るこの男が、自分を助けてくれる城内唯一の味方になると信じて、賭けに出る。

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