『パミレラトステム』は俺の推し

滝田タイシン

『パミレラトステム』は俺の推し

 今日は俺の一番推し『パミレラトステム』をみんなに紹介したいと思う。


 そもそも俺は推しなんて人に紹介するものじゃなく、自分一人で楽しむものだと考えていた。それが俺の推し活だった。だが『パミレラトステム』を知って以来、これは自分一人で楽しむだけじゃ世の中にとって大きな損失だ、多くの人に知って貰うべきじゃないかと考えるようになった。今ではそれが天から与えられた使命のようにも感じている。



 まずは俺と『パミレラトステム』の出会いから書いていこう。『パミレラトステム』との出会い、それは今まで生きてきて、何一つ良いことが無かった俺を憐れんだ、神様からのプレゼントだったんだと思う。


 ある朝、目を覚ますと、『パミレラトステム』が胸の上に乗っていたんだ。当然驚いたが、不思議のことに警戒や恐怖の感情は全く無かった。とても穏やかな気分だったと記憶している。


 それが俺と『パミレラトステム』の出会いだ。



 『パミレラトステム』と名前を聞いても、知っている人は居ないだろう。ググっても出て来ないぐらいだから、それが当たり前だ。俺も『パミレラトステム』を知る前はその名前を知らなかったし。


 じゃあどこからこの『パミレラトステム』という名前が出てきたのか? それは初めて見た時、心の中に自然と浮かんできたのだ。聞いたことの無い言葉だったが、それがこの物体の名前だとすんなり理解出来た。きっと他の人も見た瞬間にこれの名が『パミレラトステム』だと受け入れられると信じている。



 紹介するに当たって、俺は文章ではなく動画で『パミレラトステム』を見て貰おうと考えた。


 早速スマホで撮影してヤーチェーブに上げたのだが秒で削除されてしまった。秒で削除というのは比喩的な意味じゃない。本当に一分と経たずに削除されたのだ。初めは削除されたとは思いもせず、何かの操作ミスだと考え三回も試した。だが、毎回秒で削除され、最後にはアカウントまで消されてしまったのだ。


 この削除がヤーチェーブ運営の判断かどうかは分からない。運営が削除するにしても早過ぎると思うのだ。俺は『パミレラトステム』が世間に知られるのを拒む、何か途轍もない力が介入しているかもと考えている。まあ、どんな組織が動画公開を阻止したかは分からんが、『パミレラトステム』はネット上で常に監視されていると考えて良いだろう。この紹介文は無事公開されることを祈っている。



 動画で観てもらうことが出来ないので、文章で『パミレラトステム』を伝えたいと思う。


 『パミレラトステム』は円柱の形をしている。大きさは普通の猫ほど。重さもそれぐらいで抱きしめるには最適のサイズだ。


 触り心地はどう表現すれば良いだろうか。「柔らかい」「弾力がある」「気持ち良い」。どれも正解なのだが、これだけでは言い表せない。俺のボキャブラリーでは表現しきれないのが悔しい。


 敢えて言葉にすれば「心が浄化される」と表現したい。胸に抱きしめた瞬間。こちらが包み込んでいるのにも関わらず、あの全身を守られているような安心感。嫌な気持ち、暗い気持ちがすっかり消される清涼感。これはきっと母の胎内で安らかに眠っていた時と同じ気持ちなのだと思う。


 色は一色ではない。『パミレラトステム』は、その感情によって色を変化させるのだ。通常は白なのだが、嬉しい時には青系、怒っている時には赤系などに変わる。その変化がまた絶妙で、朝、おはようと挨拶すると嬉しそうに鮮やかな青に変わる。少しからかったりすると拗ねてピンクになったりする。辛いことがあって愚痴をこぼすと、ダークグレーで共感してくれて、深い緑で慰めてくれたりする。


 コミュ障の俺が『パミレラトステム』にはいつも自分から話し掛けてしまうぐらい楽しいのだ。


 こうして紹介していくと、『パミレラトステム』が生き物のように感じるかも知れない。だが生き物と言えるのか俺には判断できない。食事を必要とはしないし、排泄物も全く無い。呼吸している感じも無いし、鼓動なども感じないのだ。


 かと言って植物や無機物とも言い切れない。先程の色の変化からして、感情を持っているのは確実だからだ。



 『パミレラトステム』と出会ってからというもの、俺の生活は一変した。


 心に不浄なものが無いと、人は自然と良い笑顔になれるのだろう。周りの人の、俺への態度が明らかに変わってきた。みんな驚くほど好意的なのだ。それで俺も人に優しく当たれるようになり、好循環が生まれる。実生活でも幸せを感じられるようになった。


 運も確実に上がってきた。じゃんけんから懸賞やくじ引きまで、なんでも当選してしまう。宝くじを買っては無いが、買えば高額当選する自信はある。だが、そんなことに『パミレラトステム』力を使いたいとは思えなかった。



 『パミレラトステム』には謎が多い。だがそれも当然だろう。その存在自体が奇跡なのだから。


 俺はこの『パミレラトステム』の力を独り占めにしてはいけないと考え出した。もし世界中の全ての人が『パミレラトステム』の力を共有出来たら、きっと憎しみや争いは消えて無くなる筈だ。俺の推しが世界の推しになる。それでみんなが幸せになれるのなら、これ以上の素晴らしい出来事はないだろう。


 そんな思いから、俺は今この文章を書いている。


 だが、残念ながら一つ問題がある。『パミレラトステム』は俺の目の前にあるただ一つだけ。これを増やす方法が分からないのだ。


 世界の人々と『パミレラトステム』の素晴らしさを共有したいと考えてはいるが、だからと言ってこの『パミレラトステム』を手放す考えはない。残念ながら、俺はそこまで聖人君子にはなれない。


 何か『パミレラトステム』を増やす方法が分かれば良いのだが。


 とここまで書いたところで、俺は『パミレラトステム』の変化に気付いた。胴体の真ん中に、ボタンのような突起が出ているのだ。


 俺がそれに気付いた瞬間『パミレラトステム』が青や緑に輝き始めた。『パミレラトステム』はそのボタンを押せと言っているのだ。


 俺は一瞬躊躇したが、慌ててその考えを振り払った。『パミレラトステム』を疑うなんてどうかしている。俺にとって『パミレラトステム』は信仰の対象のようなもので、疑うなんて恐れ多い。押せと言われたら、迷わず押すべきなのだ。


 俺は人差し指で『パミレラトステム』のボタンを押した。


 すると『パミレラトステム』は様々な色に輝きだす。それはまるで虹のようだった。


 『パミレラトステム』は歓喜しているのだ。俺もそれを見て喜んだ。きっと素晴らしいことが起こるだろう。


 しばらく虹色に輝いていた『パミレラトステム』は、ポンという音と共に二つになった。分裂した感じは無い。もう一ついきなり現れたのだ。


 俺は手を叩いて喜んだ。素晴らしい出来事だ。『パミレラトステム』が増えたのだ。


 『パミレラトステム』は尚も虹色に輝いている。


 やがてもう一度ポンという音が鳴って、四つに増えた。


 俺はまた手を叩いて喜んだ。


 更に『パミレラトステム』は虹色に輝き続け、八つに増えた。


 見る見るうちに、一六、三十二と増えていく『パミレラトステム』。


 これで希望に満ちた世界になる。俺はそう確信した。


 六十四、百二十八……どんどん増え続ける。


 これどこで止まるんだ?


 そう考えた時にはもう部屋中が『パミレラトステム』で一杯だった。俺は『パミレラトステム』に押し潰され、幸せに満ち溢れていた。圧倒的な幸せ。空前絶後の幸せ。言葉では表せない幸せ。この世の天国だった。


 もう思い残すことは何も無かった。


 最後のポンという音と共に、俺の意識は幸せの絶頂で消え失せた。

                                 了

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