第15話 竹下にできた借り
その二日後、登校すると、机の中に封筒が入っていた。裏にブドウの蔦とたわわに実った一房のイラスト。表にも裏にも、何も書いていないが、誰から送られたものか、おれにはわかった。
「昼休み、図書館」
そっけない文面とは裏腹に、便箋からはコロンが香っていた。
昼の弁当を夢中でかき込み、図書館へ急いだ。一番乗りだった。森下と一緒に座った椅子に座った。入口に背を向ける形になる。おれは手ぶらだった。このまま座っていると変な奴だ。
本を物色しに本棚を見渡す。文学の棚にエリック・シーガル「ある愛の詩」を見つけて、手に取る。
体全体が耳になったおれは、入口に背を向けて彼女を待った。真昼の訪問者はすぐにやってきて、おれの向かいに座った。
「お久しぶり、手紙読んだ?」
「読んだから、ここにいるんじゃないか」
「竹下君から連絡があってね。許してやってくれって。一度だけ、許してあげる」
「それはありがたいけど、このまま話し続けるのか?取り調べみたいで嫌なんだ」
森下は体全体で笑ってた。おれは声を潜めて、森下にいいつけた。
「隣へ来いよ」
森下は少し下からおれの顔を覗き込んで囁いた。
「あなたが来たら」
人の言うこと全然聴かん奴や、コイツ。仕方なく、本を持って隣に移動する。森下はやっぱり、下からおれの顔を覗き込んでいる。勝ち誇った表情で、、、。
「何読んでるの」
森下はおれが持っている本に食いついた。さっきまで練習していた本の紹介文を読み上げた。我ながら淀みのない、名調子だったと思う。
「森下、これな、随分前に映画化されてるらしい。もし、名画座に来たら、一緒に見に行かないか?」
名画座というのは、商店街の近くにある映画館。旧作・名作映画を上映している。入場料は500円。一緒にいられる時間はあと3カ月足らず。名画座でこの映画がかかる確率はどれくらいだろう。こういうことは数学の授業では教えてくれない。
「これ、去年かな、TVでやってなかった?」
「いや、覚えてないな」
そういえば、随分前からTVを見なくなった。家にたった一台のテレビは居間に置いてある。
食事の際には消すことが我が家の不問律だ。食事が終われば部屋にこもって、外には出ない。
こうして、親父を避けて生活していると、おのずとテレビは見なくなる。
「あのね、山村聡志君」
「フルネームで、、、なんだよ」
「女の子と初めて映画を見るなら、ハッピーエンドの作品にしなさいよ。これって、最後に主人公の女の人、病気で死ぬんでしょ。それは、拙いんじゃないかな?」
痛いところを突かれた。ぐうの音も出ないところだが、一応反撃する。
「お前がだめなら、一緒に見てくれる娘を探すよ」
「そんな娘いたら、せっかくの昼休みに、図書館で、私相手に喋ってないでしょ」
正論過ぎて、腹が立つ。
「いいわよ。付き合ってあげる」
「そっか、約束な」
2週間ほどのモノクロームの季節は終わり、おれの日常は彩りを取り戻した。竹下に借りができた。
恋愛って、もっとドキドキしたり、普遍的な輝きとか、衰えない力を無条件に与え続けてくれるものだと思っていた。でも、ちょっと違うのかもしれない。その輝きを保ったり、力を持続するのには努力ってやつが必要なのかもしれない。相手の魅力を探し続ける努力をするとか、素直な自分でいられるように、、。
とにかく、残された時間はあと3か月もない。喧嘩別れはしたくない。自分なりに努力してみようと思う。
こんな気持ち、誰に云えば分ってくれるんだろう。原田さん、元気ですか?
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