第14話 時の流れは立ちどまることを許さない
家庭教師の原田先生はあれからずっと、週2、3回家に来て、おれに数学を教えてくれていた。
だが、11月に入った週の金曜日、突然辞めると言い出しておれを慌てさせた。
「もう、自分自身でじっくり考えて問題を解けるようになっただろう」
「確かに、自分でも進歩したとは思いますけど、、、。もう、来てもらえないんですか?」
「ああ、申し訳ないが、月末からアメリカに行くことになった。語学学校へ通って、来年からアメリカの大学に留学する。そんなわけで、来れるのは今度の火曜日が最後になる。悪いな。ま、頑張れ!」
「そうですか、それなら仕方ないですね」
「聡志君、話は変わるけど、君、栗山智子さんって知ってるか?」
知っているも何も、今年の3月までおれが夢中になっていた人じゃないか。
「先生、智子さんのことご存じなんですか」
先生はちょっと考え込みながら答えた。
「ああ、友達の一人だよ」
『友達の一人』か、大人の響きがする。その瞬間、おれはある情景を思い出した。4月に散歩で出会った時の智子さん、その横で、並んで歩いていた背の高い男前が原田先生だったんだ。
「智子さんがね、君によろしく伝えてくれって」
おれが今気になっている女性は智子さんじゃない。
「先生、聴いて欲しいことがあるんです」
「何だよ、改まって」
おれは、森下に関わる今回の一件をかいつまんで先生に話した。彼はおれが話し終っても、しばらく頬杖をついて考え込んでいたが、頬杖をやめ、おれに向き直った。
「聡志君、君、勉強だけでなく、そっちもこじらせてるんだな」
その瞬間、自分のことなのに、どこか滑稽で、愚かに思えて、笑えてきた。
「おれも、そっちは得意じゃないけど、君の思いはもう一度言葉にしないと、相手に伝わらないんじゃないか?経験者から言わせてもらうと、これから卒業まで、あっという間だよ。言葉は選ばなくちゃならないけど、勇気をもって彼女の前に立った方がいいな。すぐに元通りってわけにはいかないかもしれない、時間はかかるかもしれないけど、でも、くよくよ悩んでいるよりはるかにましだろ?」
なるほど、正論だと思った。
芳人叔父、森下、原田先生、竹下、大事な人がおれから離れていく。おれにはどうしようもないんかな。やるせない気分で、このまま生きていくのはしんどい。今、おれの傍には、家族を除いたら、中島しかいない。
とりあえず、竹下と仲直りしよう。おれから話しかければ、何とかなるだろう。森下はその後で考えよう。
翌日、教室に入ると、自分の席からおれを見つめる竹下がいた。おれは近づき、話しかけた。
「数学の宿題がさっぱり分からん。教えてくれ」
元の状態に戻るまで、かかった時間は2分。案ずるよりも産むが易しって、こういうことなのかもしれん。
早速、中島の下宿で、学校帰りに集まって、ダベっていた。
「山村、森下とはどうなった」
中島は単刀直入にものを言う。
おれは図書館での一件を素直に話した。
「おれのせいか、、、」
「竹下、気にし過ぎだよ。おれの器が小さかったんよ。あいつは渡辺先生と付き合ってたのかもしれん、だからって、それで森下を嫌いになるわけやない。だったら黙って、受け止めればよかったんよ」
「山村君、成長したね、君」
竹下はもう門田のことは吹っ切れたみたいだし、中島は坂本ちゃんと仲直りしたようだ。
納まるところに納まった感じがする。
どこを受験するかも話に出た。一期校は何処にするか、二期校は、、、。竹下は地元の国立大学を受けるらしい。近くて便利だからだそうだ。あいつの家、卒業した小学校・中学校も大学のすぐそばにある。人によって受け取り方がこんなに違うんだ。
おれは、親父の言ったことが忘れられず、どこを受けるか決められないまま、勉強している。
中島は東京へ行ってみたいと言う。親も後押しをしてくれているらしい。一度は都会を見て来いと。はっきりしていることが一つだけある。3月にはみんな散り散りに、広がっていく。
森下はどうするんだろう。
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