第11話 ヒヤ・カムズ・ザ・サン

 天赦苑ではみんなが集まって、ワイワイやっていた。どこからかビールの入ったコップが運ばれてきた。ビールを飲むのは初めてだったが、黙って飲んだ。甘味がなく、苦みのあるカナダドライが五臓六腑にしみわたる。なんじゃ、これ。これ、本当にうまいんか?三ツ矢サイダーの方がうまいと思うけど。

 森下を探すと、少し離れたところでビールらしきものを飲んでいた。普通に飲んどる。呑み慣れた感じさえする。

 周りの奴と楽しそうに喋っているあいつはなぜか、おれと二人きりでいる時より、輝いて見える。

 仲間とバカ話をしていると、いつの間にか11時近くになっていた。おれの周りにいた奴は家に帰らず、段ボールや新聞紙を布団代わりに寝始めた。この時間になると、さすがに風が冷たい。家に帰るか、どうしようか迷っていたその時、砂利を踏みしめる音が聞こえたかと思うと、サーチライトのような強烈な光が周りを照らした。

「やばい、先生や」

 みんな思い思いの場所に隠れた。足音が近づき、二つのライトの明かりは滅茶苦茶明るくなった。足音が止まったその瞬間。

「ええか、おまえら!酒飲むのもええが、静かに、行儀ように飲め!」

 一瞬、自分が高校生であることを忘れそうになった。声の主はどうやら警備員らしかった。その後は、さすがにみんな静かになった。森下がいないので、近くの奴に聞いた。

「森下は何処におるか、知らんか?」

「女の子はみんな帰ったぞ。近くの友達の家に泊まるんじゃないか」

 なるほど。ここに泊まる気は消え失せた。

 歩いて家に帰り、離れで布団を出して、静かに寝た。萩の叔母はもう帰っていた。叔母がおる間、お袋は気を遣って、無理やり起きだしてきては、気分が悪くなり、また床に就く。そんなことがあって、叔母は一週間ほどで、名古屋に帰った。

「ありがとうございました。チキン南蛮(って云うらしい)、おいしかったです」


 明くる日、昼過ぎから学校に顔を出した。みんな日曜日にもかかわらず出てきて、最後の仕上げをしていた。おれは、森岡を手伝って義経の仕上げ塗りを手伝った。頬も肌色に少し黄色や黄土色をまぜて、丁寧に塗り分けると、見違えるような出来になった。

 誰に教わったのかは言わなかったが、森岡は刀を振り下ろすからくりに関して、画期的な解決策を見出した。右手の先を綱で縛り、その綱は滑車に通す。クライマックスでその綱を係の者が放し、腕が伸び切ったタイミングで綱を掴む。これで振り下ろした後の不自然な動きを最小限に抑えられるらしい。

「山村、お前は看板の後ろでタイミングよく綱を放して、伸び切ったタイミングで綱を掴め」

「森岡、看板の後ろで足場の竹にしがみついて、立っとるんか、おれは?」

「そうだよ」

「看板の後ろにおるのに、タイミングなんかわかるんか?」

「それは、おれが指示するけん、大丈夫や」

 目立たんように、看板の段ボールに穴をあけて、腕を綱で縛り、その綱を足場の竹に取り付けた滑車に通す。

 何度か練習して綱を掴むコツとタイミングを掴んだ。

 テニスコートの近くで作業をしていたが、今晩は照明がつかなかった。理由はわからない。結局7時過ぎには作業をやめて、帰ることにした。

 その代わり、朝5時に集まって、最後の点検をすることになった。


 翌朝、目覚まし時計の強烈な音で目が覚めた。4時30分。畳んだ制服をカバンに入れ、体操服で学校を目指す。

 朝日が顔を出し、学校に着いてしばらくする頃には、作業ができるくらいの明るさになっていた。2mくらいの高さになった義経を運び出し、関節部分の動きを確認した。短く切ったパイプが抜けないようにガムテープで補強したり、兜もカッコよく収まるよう、4つの穴をあけ、頭にしっかりと括り付けた。

 作業があらかた終わると、6時を過ぎていた。グループの男5人(竹下、森岡、おれ、その他)が集まって、天赦苑の腰掛に座って、ダベっていた。

「3時間目の体育、勘弁してほしいな。」

「どうせ、グランドの石拾いだろ。」

 隣に座った森岡がポケットからタバコを取り出した。セブンスターだ。ハードボックスが回ってきて、みんな一本ずつ抜き取っている。断ろうと思ったが、それも面倒くさかった。初めに森岡がライターで火をつけて、一服つけた。そのあと、みんな吸い始めた。周囲を見渡すとタバコを吸ったことがないのはおれだけのようだった。付き合いで一応、吹かすことにした。ライターで火をつけ、フィルターを軽く噛み、吸い込むと口の中にセブンスターが侵入し、警報装置が作動した。むせて、咳き込んだ。

 森岡がかすかに笑うのが見えた。もう一口吸ったが、結果は同じ。気分が悪くなってきたので、地面に落とし、足で踏んづけた。その時、背後から、聴き慣れた野太い声がした。

「おはよー」

 反射的に振り向くと、大股で歩いてくる西本先生の姿を発見。みんな慌ててタバコを地面に落とし、靴で踏んづけた。

 足音はどんどん、近づいてくる。西本先生はゆったりした歩調でおれたちの前に回り込んだ。おれは別の意味で気分が悪くなった。

「山村、朝早くからご苦労さんやな」

「森岡、お前の義経、かっこええな」

「竹下、今日もええ天気やな」

 先生は一人、一人に声をかけていった。その時、足元から紫煙が揺らめきながら上がってきた。びっくりして足元を見ると、、、。

 森岡はきっとテンパっていたんだろう。あろうことか、奴の足はセブンスターのフィルターの部分しか踏んでおらず、靴からはみ出したタバコの先が赤く光っていた。

 何やってんだよ!おれは左足で自分のタバコを踏んでいたので、反射的に右足を伸ばし、森岡の足の先にあるタバコを踏んづけた。その結果、タバコの消火には成功したが、非常に苦しい姿勢になってしまった。

 一人一人に声をかけ終わった先生は、おれのところに戻ってきて、

「山村、今日も頑張るかのう」

 言い終わると、おれの肩をポンポンと叩いて、運動場の方へ消えていった。苦しい姿勢のまま振り向き、先生がいなくなったのを確認したおれは、森岡の頭を思いきりしばいた。

 竹下も気づいていたらしい

「バカ野郎。消えてなかったぞ、タバコ。どうすんだよ。みんな、秋休みじゃないかよ」

「決定的やもんな。昼休みに校内放送で呼び出されるパターンかな?」

 おれは腑に落ちなかった。

「おかしいな。先生はきっと気づいとったやろ。遠くから見てもタバコの煙はわかったやろ。おまけに森岡は大馬鹿こいとるし、なんで、その場で体育教官室へ連れて行かんかったんかな」

 それぞれ色々な推理を並べたが、分からずじまい。分からんことを考えても仕方ない。ほっとしたら腹が減ってきたので、朝早くからやっている近所のパン屋にみんなで出かけた。

 ベンチに腰かけて、みんな黙々とサンドイッチを食べていたのを覚えている。

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