第8話 こんなことやってる場合か?

 そんなこんなで、あっという間にお盆も過ぎた。17日の夕方、竹下から電話があった。

「おい、遊びは終わりだ。明日から、制作を始めるぞ」

 危なっかしいな、そのノリは。

「明日、9時に天赦園に来いよ」

 おれの返事を待つことなく、通話は切れた。

 嫌な予感がする。奴はえらく気合が入っている。付き合わされる身としては、非常に拙い。部屋に戻りかけた時、電話が鳴った。中島からだった。

「山村、竹下は大丈夫なんかな?えらい気合入っとったけど」

「大丈夫なんじゃない。あいつ一人がやるわけやないし、大まかなデザインとかは、3組の森岡やら、3人くらいで仕上げとるんやろ」

「あいつ、門田にいいとこ見せよう思うて、張り切っとるんやろな」

「そうなんかな?」

「悲しい生き物やな」

 言い方にとげがある。とはいえ、おれも若干心配ではある。まあ、なるようにしかならんだろう。


 天赦園に時間通りいってみると、すでに20人くらいが集まっていた。半円形の石造りの腰掛に、全長80cmくらいの義経の模型が立っていた。雑なつくりではあるが、右腕が動くようになっており、これが全長2mを超す人形に仕上がれば、かなりの迫力だと思う。

 5人ずつくらいのグループに分かれて、上半身、下半身、兜、顔を仕上げることになった。誰がどこを担当するかは、あみだくじで決定した。おれは下半身、竹下は兜、中島は上半身、門田は衣装や小道具を担当するグループに入った。

 とりあえず、大量の段ボールが必要になる。大八車を二つ確保して、近くの電気量販店やスーパーを回ることになった。

 竹下はちゃっかり、門田と同じグループに紛れ込んでいる。

 二手に分かれて出発。おれたちはスーパーを中心に3店舗ほど回ることになった。

 スーパーの玄関そばに、「持ち帰り自由」の段ボール箱が3箱ほど潰して置いてあった。どれも、スナック菓子を入れていたもので、小型?である。

「中にもっとあるんじゃないの?」

 森下っていう娘がおれに向かって言い放った。

「そうよね。山村君、行ってきて」

「おれが!なんで?」

「あんたしかいないでしょ。校内放送で絶叫するくらいだもんね。『村ばあ』はなって!あんな度胸があるんだから、こんなこと朝飯前でしょ」

 こういうのは何時まで言われるんだろう。卒業したら、みんな忘れるのかな。4人の視線に追いやられて、おれは店内に入った。

「すみません、店長さん、いらっしゃいますか」

「奥の事務所にいるから、行ってごらん」

 おばさんの指さす方を見ると、確かに事務室が、、、。なんか、暗い感じである。入るの嫌だな、かといって手ぶらで帰るわけにもいかんし、、、。

おれは肚をくくって、事務室のドアをノックした。返事がない。何か、大きな声で電話しているのは聴こえる。やがて、話し声は消えて、静かになった。もう一度、強めにドアをノックした。

「どうぞ。」

 怒鳴るような声が帰ってきた。ドアをゆっくり押し込む。

「君、誰?」

「あの、近くの香南高校の者です。体育祭の装飾で使う段ボールが欲しくて、来たんですが、要らない段ボールありませんか」

「ああ、あるよ。ついといで」

 店長の後をついて、裏の駐車場に出た。そこには、まだつぶされる前の段ボールが放置されていた。

「それね、勝手につぶして、持って行っていいから」

「ありがとうございます」

 不要になった段ボールがゴミステーションみたいな所に、10箱ほど乱雑に置かれている。元は、スナック菓子を入れていた段ボールだ。トラックで運ばれてここまで来たんだろう。畳むのは畳んだが、一人では運べない。もう一人、誰か呼んでこよう。

 玄関で待っていたのは、さっきおれを店の中に追いやった、森下という娘だった。おれは意を決して、その娘に話しかけた。

「悪いけど、手伝って。一人じゃ、ちょっと無理なんだ」

「いいわよ」

 その娘は二つ返事でついてきた。二人で段ボールを抱えて玄関へ向かった。

 玄関に着いた頃、後ろから呼ぶ声がした。

「学生さん」

 後ろを振り向くと店長が立っている。

「ちょっと頼まれてくれないかな。もうすぐ、野菜を積んだトラックが着くんだよ。本当はおれが積み下ろしを手伝うんだけどさ、ちょっと腰をやっちゃってさ。バイトの子は休みだし、困ってるんだ」

 迷っているおれを通り越して、店長に女の子の声が届いた。

「いいですよ。どうせ、夏休みだし」

「じゃあ、決まりね」

「山村君、あたしたち別の店を回ってみるから、よろしく」

 かくしておれは店長を手伝うことになった。勝手に裁定を下した本人は仲間の所に走り去った。やっぱり、おれは残念な生まれつきなのかもしれない。5分後、本当にトラックが野菜を満載して店の駐車場に現れた。段ボールを下ろし、台車に積んで、バックヤードに。それで終わりかと思ったら、中を開けて、キャベツなどを取り出す。使えない傷んだ葉はちぎってバケツに。その作業が終わったら、コンテナにキャベツを積み込んで、売り場に並べていく。

 バックヤードに戻って、にんじんをでかいシンクで水洗いして、タオルで拭く。傷があるものは先ほどのバケツに放り込む。商品にならないキャベツの葉や売れ残りの野菜と一緒にしておくと、近くの小学校の子たちがウサギの餌として、取りに来るらしい。

 小学校の時、飼育委員だったおれは、近くの店にクズ野菜をもらいに行った記憶がある。こういう再利用の仕方が今も続いていることに少し感動する。

 作業が一段落して、事務室で店長とコーヒーを飲んでいた。

「君と一緒にいたあの娘、可愛いね。彼女かい?」

「いいえ、違います」

「隠さなくてもいいよ」

「いいえ、違います」きっぱりと言っておかずばなるまい。断じて違う。

「嘘ついてるね。おれが頼み事してだよ、君が返事する前に、彼女が決めちゃったでしょ。他人がそんなことするかな」

「そんなこと分かりません。とにかく、彼女とは別になんでもありません。今日たまたま、一緒のグループになっただけです」

「へー、そうなんだ。だったらさ、チャンスだね」

 意味が分からん。


 残りの4人が帰ってきたのは、おれが取り残されてから、ほぼ一時間経った頃だった。

「二軒回ったけど、昨日業者が回収に来たらしくてさ、あんまりなかったんだよね」

 それはどうでもいいけどさ、おれはお前のおかげで重労働をしたんだよ。何か、そこに触れるべきだろう。『お疲れ様』とか、、、。

「ウォー、大漁じゃん!」

「お手柄だね」

「積み込んで帰ろうか」

 いつのまにか、件の森下という女子がリーダーになっていた。

「山村君、ありがとう、助かったよ。君たちのグループが段ボールほしいなら残しとくから、連絡して。まあ、とにかく仲良くやりなさい」 


 人のいい店長は人数分のコーラをくれた。ありがたい。駐車場にて、じりじりと皮膚を焼く日差しを逃れて、屋根の下みんなで飲む。滅茶苦茶うまい。

 学校までは、大八車を押しながらでも、あと10分も頑張れば着く。みんな疲れた顔をしている。おれは休憩も充分とったから、前のかき棒を押して歩く役を買って出た。大八車をかきだして、しばらくしたころ、森下が左側を押している子と交代して、話しかけてくる。

「店長さんと仲良くなったみたいじゃん」

 だから、なんだよ。

「最後に店長さん、妙なこと言ってたよね。『とにかく、仲良くやりなさい』って、あれ、何?」

「知らねえよ」

「ちょっと、止まって」

 なんだよ、早く帰ろうや。重労働で、疲れてんだよ、こっちは。

「あれ、使えるんじゃない」

 森下の指さす方には、自転車屋の片隅に放置された段ボール。自転車も段ボールで包装されるんだ。こんなに薄っぺらで、細長いもん、使い道あるのかよ。

 森下はおれたちにお構いなしで、店の中に入っていく。ものの1分も経たないうちに店から出た彼女は勝ち誇ったように、ガッツポーズをしている。

「もらったわ。運んで」

 残念なことに、この段ボールは『義経』の腿、膝から下の部分を作るのに大活躍することになる。

 森下とは学校まで、出身中学校、どこに住んでいるのかといった、どうでもいい話で盛り上がった。神奈川からの転校生で、母と二人暮らしらしい。

「私、一緒のグループだから、これからもよろしく!」

 涼しげな瞳と笑窪がおれの脳細胞の神経伝達組織を刺激して、流れる電流が限界を突破して、今までに経験したことがない興奮状態になってしまった。

 この日以来、『森下 琴美』のことが気になってる。何てことしてくれたんだよ、店長。

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