第433話 闇のバイト

皆様、闇バイトといえばどんなものを想像されるだろうか


インターネットで高額報酬を謳い、振り込め詐欺の受け子や"荷物"の運び手を募る


あるいは【カルロの場合】でもお話したような、スカウトも頻繁に行われる


皆、金に困り、「簡単な仕事」「1〜2時間で終わる」「報酬は数万」そんな言葉に惹かれて応募するが


闇バイトが怖いのは、合法でないものがほとんど、という事だ


下手をすれば人生が詰む


知り合いの息子さん、Bくんが就活に失敗し、実家に戻るまでの数か月、安アパートで一人暮らしを続けていた


ある日、スマホに見覚えのないDMが届いた


短期・高収入

作業内容:立ち会い

報酬:3万円(1時間)


怪しいと思いながらも、「立ち会い」という言葉が引っかかったという


「何をするんですか?」そう返すと、すぐに返信が来た


何もしません

そこに居るだけです


Bさんは受けることにした


指定されたのは平日の昼間

場所は自分のアパートのすぐ近くの一軒家


「近所だし、昼間だし・・・」そう自分に言い聞かせ、Bくんは指定場所に向かった


家の前には、すでに一台の軽バンが停まっている


中年の男がスマホから顔を上げた


「立ち会いの人?」男はそれだけ言う


玄関は既に開いていた

靴が揃えてあり、生活感が妙に残っている


中に入ると男はBくんに言った


「座ってて。何か聞かれても『知り合いです』って言えばいい」


数分後、玄関のチャイムが鳴る


入ってきたのはスーツ姿の男女2人


不動産会社の社員らしい


「こちら、○○様のお宅ですよね?」


男は頷き、Bくんの方をちらりと見る


「彼は・・・」


Bくんは反射的に答える


「知り合いです」


その瞬間、男女の表情が一瞬だけ曇る


内見は10分ほどで終わった


不動産の2人が帰ると、男は急に饒舌になった


「助かったよ。これで"居住実態あり"って証拠が取れた」


Bくんは意味が分からず、どういうことですかと尋ねる


男は軽く笑って言った


「ここ、競売物件なんだ。住んでるフリしてると"手続きが面倒"になる」


その瞬間、Bくんは悟った


自分はただのアルバイトじゃない

詐欺の証人役だったのか


帰宅後、Bくんは怖くなり、やり取りのDMを消した


先ほど男が言ったことを調べてみる


競売物件(裁判所が関与する不動産)は、その物件に「誰が」「どの権利で」住んでいるかが価格と手続きに直結する


● 空き家(居住実態なし)


・明け渡しが容易

・強制執行のコストが低い

・落札後すぐ利用できる


→ 競売価格が上がりやすい


● 居住実態あり


・実際に人が生活している

・家具・私物・生活痕がある

・第三者の占有が認められる可能性


→ 買い手にとってリスクが高い


裁判所は、住んでいるかどうかを現地調査・写真・第三者の証言で判断する


つまり"居住しているように見えるかどうか"が極めて重要になる


なぜ「居住実態あり」だと男が有利になるのか


買い手には不利だが、不正をする側には有利なのだ


つまり、競売価格を意図的に下げられる


詐欺グループやブローカーは、最初から自分たちで落札するつもりなので


「一般の人が敬遠する状態」をわざと作るわけだ


今回Bくんの立場は「立ち会い」=「占有の裏付け要員」だった


競売で重要なのは、債務者本人ではない"第三者"が住んでいるという構図らしい


Bくんの存在は「債務者以外が占有している」と判断されやすくするための材料となる


・・・数日後、警察がアパートを訪ねてきた


「○月○日、○○の家にいましたか?」


Bくんはドキリとしたが即座に否定した


だが、警察は一枚の写真を見せてきた


そこには、内見中のリビングに座るBくんの姿がはっきり写っていた


"あの不動産屋が撮ったのか!"


「あなたは不動産詐欺の関係者として名前が挙がってます」


あの中年男の名前も連絡先も、すべて偽りだった


Bくんは、何も知らずに巻き込まれたと情状酌量によって解放された(バイト代はその日受け取っていたが、未払いですと話したそうだ)



このように、自分の意図しないところで犯罪に巻き込まれる危険性を帯びているのが闇バイトだ


だが、本当に恐ろしいのは闇バイトではなく「闇のバイト」だ



最初は本当に「よくある闇バイト」の募集だったそうだ


・日給5万円

・深夜のみ

・荷物運び

・顔出し不要

・質問厳禁


SNSのDMで届いたその募集文は、怪しいとは思ったが、当時のKさん(25)は金に困っていた


指定されたのは、都心から電車と徒歩で1時間以上かかる、古い住宅地の外れ


集合場所に着くと、すでに5人ほど集まっていた


全員、目を合わせない、会話もない


年齢も職業も分からない、共通しているのは「金が必要そうな顔」だけだった


そこへ現れたのがスーツ姿の中年男


妙に丁寧な言葉遣いで、こう言った


「これから行う作業は、合法・非合法の判断をこちらで行っています。皆さんは指示に従うだけで結構です」


連れて行かれたのは山際に建つ古い一軒家


外観は普通だが、窓にはすべて内側から黒い布が貼られている


中に入った瞬間、空気が変わった


線香と、何だか鉄臭い匂いが混じっている


建物の中には数名の黒いツナギの男たちがいた


最初の仕事は「搬入」だった


大量の木箱、黒い袋に包まれた人型の何か、水の入ったポリタンク、札束のように束ねられた和紙


箱にはすべて、赤い筆で同じ記号が書かれている


文字ではない

円と線を組み合わせた、見たことのない模様


「宗教関係すか?」誰かが小声で聞く


スーツの男は笑って答える


「ええ、そういう理解で問題ありません」


作業が進むにつれ、指示はおかしくなっていく


◯靴を脱ぐ順番を厳密に指定される

◯廊下を歩くときは、右足から

◯ある部屋の前では、必ず一礼


誰も私語は発しない

黒いツナギの男たちがジーッと見ているからだ


そして決定的だったのが地下室


コンクリート床の中央に、直径2メートルほどの円陣が描かれている


それはペンキではなく、乾いた血のように見える


円の周囲には、古い仏像、割れた鏡、獣の骨、髪の毛を束ねたもの?が置かれている


深夜2時ちょうど

全員に黒いフード付きのローブが配られた


「これは防寒具です」


そう説明されたが、着ると異様に重い


男は言う


「皆さんには今から"立ち会い"をしてもらいます。何もしなくていいです。ただ、見ていてください」


円陣の中に黒い袋が運ばれた


中身が人間であることは、すぐに分かった


袋の上からでも、微かに呼吸の動きがある


誰かが後ずさると、すぐに黒いツナギの男に肩を掴まれた


「途中退出はできません」


儀式は、意味不明な言葉の詠唱から始まった


だが不思議なことに、意味が分かる気がした


「呪い」ではないが

「祈り」でもない


代償を払って何かを呼ぶ行為だと、Kさんは直感的に思った


詠唱が進むにつれ頭が重くなる


自分の名前や住所、顔が、頭の中から引き抜かれていく感覚がする


円陣の線が、じわじわと濡れていく


床から染み出しているようだ


スーツの男がこちらを向いた


「あなた方は立ち会い者であり、目撃者です・・・」


気がつけば朝だった


駅の外のベンチで封筒を握っている


中には約束通りの現金


Kさんはあの儀式の終盤、スーツの男が「まずいな・・・失敗か?」と呟くのを聞いた気がする


そして先ほどからKさんは、自分の名前や住所が思い出せないでいた


それもこれも、あの儀式のせいだ


Kさんは、今いる駅が、あの一軒家への出発点であったことを思い出した


道順は何となく覚えている

あの一軒家に戻ってみることにした


住宅地を抜け、山際へ


記憶は正確だった

道も、坂も、電柱の位置も合っている


だがそこに、一軒家は無かった


更地ですらない

雑木林の広がる山の斜面があるだけだ


近くの古い商店で聞いた


「あそこは昔から何もないですよ」


それ以来Kさんは、記憶を無くしたり戻ったりを繰り返しているという


医者の診察も受けたが、何らかのショックによるもの、として片付けられた



同じ「立ち会い」でも、心身に受けるリスクは「闇のバイト」の方が大きそうだ

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