第431話 利き腕
歯を磨きながら棚のローションを取ろうとして、磨く手を右から左に変えた時に
あれ?歯磨きって右でも左でも違和感ないな・・・そんなものだろうか?
そんなことが気になったついでに?思い出した話
1年ほど前になるが、お客様の会社の女性陣を誘って飲んでいると
「そういえば面白いことがあって」1人の女性が話し始めた
「2日前に営業の高橋部長が突然左利きになって」
「あーそうそう!あれ、なんでだろうね?」
「次の日には元に戻ってたしね」
2日前、その部長さんが左手にペンを持って難しい顔でA4の書類を見ているので、気付いた女性社員が尋ねたそうだ
「あれ?部長、左利きでした?」
部長は慌てて書類を引っ込めながら言う
「そうなんだよ・・・朝から利き腕がおかしくてなぁ、左手使ったら全く違和感なくて。訳分からんだろ?笑」
「えっ、わざとじゃないのですか?」
「いやいやホントに右から左に変わっちゃって。ほら?」
そう言って部長は机のメモ帳にスラスラと文字を書き入れる
左手で、だ
えーっ不思議ですね?となり、それを聞いた皆がかわるがわる部長を見に行く
その都度、部長は左手でモノを持ったりゴミ箱に丸めた書類を投げたりして「左利き」を証明していたそうだ
俺「えっ何ですかそれ?よく骨髄移植などで血液型が変わると趣味趣向が変わったりする、とは聞きますが・・・」
「そうなんですよ。その日は部長、完璧な左利きだったんです。なのに次の日、昨日ですけど、『元に戻った』って笑」
本来の右利きに戻っていたそうだ
「それは、部長が演技されていた訳ではなく?」
「いえいえ本人も不気味がってましたから。完全に左手、使いこなしてましたし」
「もともと両利きではなくて?」
「前に会社のボウリング大会で部長のアベレージが高すぎるからハンデで左手で投げてましたけど、全然ダメでした」
「ふ〜む、不思議ですね・・・」
後日、高橋部長と飲みに行くことがあり、利き腕の話を振ってみた
「あ、聞いた?あれなぁ、ホント不思議というか、いや不思議なのは利き腕の事じゃなくて、皆が左利きの俺を見た日のことが、さっぱり思い出せないことなんだよ」
「思い出せないって、どういう事です?」
「うん、その日、俺、何をしてたのか、そもそも会社に行ったのか?まるっと記憶が抜けてるのよ」
「えっ?本当に?」
「その日は12月のボーナス査定の締切日でさ、それ書いて人事に出さなきゃいけなかったのに」
「出すのを忘れた?」
「いや、それが出してんだよちゃんと」
「部長・・・ボケるには早いですよ笑」
「だよなぁ・・・俺、ヤバいかもな」
「ボーナス査定って、部下の?」
「そうそう。俺の下に4人いるじゃん?いちおう俺の裁量で基本額にプラスできる金額枠があってさ、それを割り振らなきゃいけないのよ」
「めっちゃ大事じゃないですか笑・・・あ、事務員さんが仰ってた、部長が左手にペン持ってチェックしてた書類って、それじゃないのですか?」
「全く、覚えてないんだよね」
「ちなみにその日、部長の利き腕の他に変わった事って無かったんですかね?」
「さぁ・・・自分のことすら覚えてないから・・・翌日になって営業の水谷くんが休んでいた事に気付いたくらいだから」
「そんなに覚えてないんですか?水谷さんって、いつも部長が愚痴ってる水谷さん?」
「そうだよー。なのにどうしてアイツの査定額、上げたんだか・・・」
「そうなんですか?笑」
「うん・・・あれ?」
「どうしました?」
「そういや水谷、左利きだなぁと」
わざわざ左利きをアピールして乗っ取る奴がいるとは思えないが笑
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