第180話 見守る

恭子さんが中学2年生だったある日の夕方


固定電話に掛かってきた電話を夕飯仕度中の母が取る


「はい、◯◯でございます。ああ、いつもお世話になりますー、はい。大丈夫ですよ。はい、はい、何でしょう?・・・はい。はい・・・えっ?(とこちらを向き)はい・・・はい・・・あの、それはもう決まって・・・はい、はい・・・(この辺りから涙声)はい。わかりました・・・主人とも・・・はい・・・いえそんな、もう・・・ありがとうございましたわざわざ、はい、失礼します」


電話を切った母が涙を隠すようにトイレに入る


えっ、私のこと?

泣いてたよね??


長いトイレから出てきた母は表向き感情を立て直したようだ、無表情で台所に戻る


恭子さんは、話し掛けないでオーラを出す母に声を掛けられなかった


数日経ったが、いつもと変わらない日常が繰り返される


母もいつも通りに振る舞って不自然なところはない


あの電話の途中に私を見たのは、たまたま?

泣いてもなかった?


いやいや・・・

あれは絶対私の事で泣いてたはず


気になって仕方のない恭子さんは、ある日父に聞いてみた


「あのさ、最近、何かあった?」


「ん?何か、とは?」


「何か、大変な事というか」


「なに、急に?笑」


「なかったら別に良いんだけど」


「変な事聞くね、どうした?」


「あっ何でもない何でもない、忘れて」


父も、普段通りの父だ

何かを隠している素振りはない


結局あの日の電話が何だったのか

母の態度は何だったのか


分からずじまいのまま、記憶は風化した


時は過ぎ、恭子さんが成人した年(旧民法の20歳)に、突然両親が失踪した


何の予兆もなく突然姿を消した


いや、全く予兆がないわけでもなかった


父と母がやたらと


「恭子ちゃん、せーだして(頑張って)ね」

「恭子、せーだしなさい」


いなくなる10日ほど前から、どこか分からない方言でやたら言ってきたのだ


「何?」と聞いても2人は笑うだけ・・・


恭子さんは短大を卒業して地元民間企業に就職したところであったが


周囲の助けも借りながら、何とかそのまま、実家での一人暮らしを続ける事ができた


一人暮らしが一段落したある日、恭子さんは家の中の整理をはじめた


両親の失踪当時、警察が色々と屋内を調べてはくれたのだが、足取りを探る有益な情報は得られなかった


なのて改めて、自分の目でじっくりと調べてみようと思ったのだ


ところが両親について思い返すうちに


これまで当たり前に感じていたことが、とても奇妙なことに気付き始めた


まず1点目


父は役所勤め、母は専業主婦であったが


ある日を境に父が突然役所を辞め、母と共に近くの農場に就職し、農作業の仕事を始めたのだ


理由は知らない


突然の転職と、共働きの始まりだった


2点目


2人は運転免許証を持っていたしマイカーもあったが、気付けば全く車を運転することがなくなっていた


3点目


これは、書類などに目を通して気付いたことだが


ある頃から全く、2人の直筆、書かれた文字が見当たらなくなった


ここで恭子さんはハッと気付いた


この3点の異変は、ほぼ時期が重なるのだ


恭子さんが中学2年生の頃だ

あの電話も関係あるのだろうか


仕事を変えた

車に乗らなくなった

文字を書かなくなった


足取りを掴まれないために?

2人は何か、犯罪を犯した??


・・・いや、それはない


恭子さんは苦笑いしながら、ドラマの見過ぎな自分の発想を打ち消す


住むところや名前を変えた訳でもなく、隠れる気がないのだから


ところで父と母には、あの日の電話もそうだが、なにかにつけて相談する「相手」がいたようだ


父と母の口癖が


「カネのことはさっぱり分からん」

「カネはむずかしい」


だった


その「わからんカネ」のことを、しょっちゅう誰かに電話相談していた記憶がある


色んなことが蘇ってくる・・・


箪笥の引き出しをひっくり返していると、とある段から何枚かのSDカードが出てきた


何だろう?

PCに差し込み、確認してみる


それは2人の趣味であるトレッキング(山登り)の映像データだった


映っているのは裏山での、四季の移り変わりや遭遇した小動物などの姿だ


それも、ある日を最後に撮影されなくなったようだ


そう、恭子さんが中学2年生の頃だ


だんだん思い出してきた・・・


ある6月の土曜日、天候が急に悪くなり、滝のような大雨が地域に降った


線状降水帯というやつだ


いつもなら夕方4時には戻ってくる2人がトレッキングから返ってこない


電話も通じず、激しい雨音を聞きながら恭子さんが玄関で待っていると


夜10時、ようやく2人が帰ってきた


「もう!心配したんだから!!」


怒る恭子さんを玄関上り口でジーッと見つめる父母


そこで恭子さんは異変に気付く


帰ってきた2人は、大して雨に濡れた風でもなくスッキリとしている


「・・・あれ?山に行ってたんじゃなかったの?」


「行ったよ。凄い雨だな」


2人は靴を脱ぎ、特に疲れた素振りでもなく奥に行ってしまった


・・・山の一部が崩れ、中学校の裏まで土砂が流れてきたから特に記憶に残っている


そうよ・・・

時期的にも、あの大雨から撮影しなくなってるんだわ


更に頭に蘇ってくる


そのあたりから2人は裏山へ、昼間でなく夜に出かけるようになった


昼だと眠たくなるそうだ


"昼だと眠たいから"なんて理由に大笑いした記憶がある


恭子さんは、バラバラなピースが繋がってきそうな予感がした


全てが同じ時期・・・

私が中学2年生の頃に何かが起こり、父と母は変わった


それは父と母の失踪と、何か関係があるのだろうか


何かに気付きそうで気付けず、ジーッと座ったまま考えていると


いつの間にか、部屋が暗くなっていることに気付いた


時計を見ると夕方6時前


いけない、もうこんな時間?!


恭子さんは慌てて立ち上がると裏庭に回り、ガラス戸を開けて洗濯物を取り込む


と、庭の植木の隅に茶色い尻尾と足が見え隠れする


また来てるのね


ここのところ夕方、洗濯を取り込みに裏庭に回ると


キツネだかタヌキだか、2匹の小動物が遊びに来ている


全く・・・

こんなのどかな地なのに、お父さんとお母さんに、何があったんだろう・・・


恭子さんは洗濯物を取り込むと、遅くなった晩御飯の買い物へと出掛けた


その帰り、ふと思い立ち、父と母が働いていた農場に立ち寄ってみた


ちょうど、昔からいる農作業員のお爺さんが居たので挨拶した


「ああ、恭子ちゃん今帰り?どう?少しは落ち着いた?」


「ありがとうございます。何とか、やってます」


「そうか〜、うん。何かあったら声掛けてね。せーだしなさいよ!」


その瞬間、恭子さんは


父と母が何かと相談していた相手は、このお爺さんかも知れないと感じた


そして、思わぬことを聞いてみた


「あの!・・・父と母は、元気ですか?」


お爺さんは一瞬、森の方に目をやり


また恭子さんを見て「うん、うん」にこやかに頷く


「ありがとうございました!また来ます!」


恭子さんは笑顔で家路に着いた

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