第85話 目覚めない恐怖

平成26年8月に起きた広島市安佐北区・安佐南区での豪雨による土砂災害は、尋常でない被害をもたらした


その26年の災害を踏まえ、携帯への緊急避難警報が開始された


平成27年の3月


雨の降りしきる夜0時前、初めてその警報を聞いた出張中の山下さん(当時34才)


スマホ2台とiPadの計3台から


「ピンポンパンポンペン!」

「ピンポンパンポンペン!」

「ピンポンパンポンペン!」


アラームが一斉に鳴りはじめた


「大雨警報か発令しました、◯◯地区の皆さまは△△小学校まで避難してください」


携帯からアナウンスが流れる


ウトウト寝始めていたところにいきなりの警報、山下さんは心臓が止まるかと思ったそうだ


そのアラームの洗礼を受けてから数ヶ月後、山下さんは再び広島入りする機会があった


その日も朝から、夜半より予想される大雨に警戒するよう注意喚起がなされていた


さて広島には、ツルハグループの展開するドラッグストア「ウォンツ」が、あちこちで店舗を構えており


山下さんは広島入りする際、何かと利用することが多かった


その日は雨も相当量降るということだし、早めにホテルに帰ることにした


途中、小雨の中ウォンツに寄る


普段はレジが一つ開いているだけだが、繁忙すると店内には


「チャララララリランラン♪」


そんなメロディーの後にアナウンスで「レジ応援お願いします」と流れる


ちょうど会計に並ぼうかというタイミングでそのアナウンスが流れ、レジが全3カ所解放された


ホテルに戻ると19時


腹も空いていなかったので、さっさとシャワーを浴び、TVのニュースを見ていたが、21時には眠たくなってきた


少々早いかなと思ったが照明を消し、真っ暗にして寝ることにする


外は次第に雨脚が強くなっているのだろう、かすかな雨垂れの音を聞きながら、そのうち寝落ちした


ピンポンパンポンペン!

「チャララララリランラン♪」

ピンポンパンポンペン!

「チャララララリランラン♪」

ピンポンパンポンペン!

「チャララララリランラン♪」


突然のアラーム発令


うぉっ!と意識が眠りから引き戻されたが、あまりに突然で頭がパニックに陥った


金縛り状態で目が開かない

さらに意識の戻る途中、夢と現実の狭間に漂ってしまった


あれぇ?

警報鳴ったのに?

ウォンツにいるぞ?

さっき寄ったのに?

レジ応援鳴ってるよ?

俺どの列に並んでるの?

ちょっと真っ暗でわからないんですけどー

電気つけてほしいんですけどー

早く電気つけてほしいんですけどー


しばらくの間、無言の文句を言い続けていた山下さんだったが、途中でおかしいと気付いた


これは夢だ

いま、金縛りが起きているのだ

早く目覚めてくれよ


ところが山下さんの長い恐怖はここから始まった


金縛りと分かっていながら解けないのだ


しかも、幻想と分かっているドラッグストアのレジに並んだままだ


音もない、光もない

しかし周囲は見える

レジ担当は動いているが、一向に前に進まない


体感ではすでに数分経っている


金縛りってこんなに長いものか?

この長さは少し異常じゃないか?


・・・まさかこのまま、元に戻らないとか?!


山下さんは再びパニックになった

思考はほぼ正常なのに、目覚める気配がないのだ


レジに並んでいる自分は、全く身動き出来ないし喋れない


動いているのは、2メートル先のレジ担当の女性だけだ


助けて!

目覚めろ!

誰か!

起こしてください!!


********************


チェックアウトの時間を過ぎても部屋から出る形跡のない山下さんを、不審に思ったホテルのスタッフが


合鍵を使って部屋に入る

幸い、内側のロックは掛かっていなかった


室内のベッドに横たわる山下さん

呼吸はしているようだ


脳に障害が起こった可能性も考えられるため体には触れず、スタッフはまず、山下さんに声を掛けた


「お客様!大丈夫ですかお客様?!」


数度の声掛けのあと


「・・・んはあっ!はあっ!はあああっ?!」


跳ね起きた山下さんがスタッフにしがみ付く


「あああ!ありがとう!!ありがとう〜〜〜!!!」


涙を流す山下さん


警報が鳴ったのは昨夜22時5分

スタッフが山下さんに声を掛けたのが翌日AM11時。


実に13時間、山下さんは金縛りにあっていた


念の為、救急車が呼ばれ、山下さんは頭部MRI検査を受けたが異常は見られなかった


あまりにも異常な事例のため、その後も地元の病院で様々な検査を受けることになったのだか・・・


「あんな恐ろしい体験は2度とゴメンです。意識はあるのに目覚められない。生きたまま、身動きできない狭い棺桶に閉じ込められ、そのまま地中深く埋められたようなものですよ。でもね・・・」


山下さんは続ける


「ホテルの方に名前呼ばれて現実に戻れた時、もう私、大泣きしたんですけど。少し落ち着いてから何気に部屋の鏡見たんですよ、そうしたら」


山下さんが自分の頭を指差す


「髪の毛。あれ、ホントの話だったんですね・・・私、それまで完全な黒髪だったんですよ。でもあの日、鏡見たら、頭髪すべてが根本から1センチほど真っ白になってたんです」


底知れない恐怖を味わうと一緒にして髪の毛が白くなるという


それ以来、42歳の山下さんは白髪のままだ

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