第18話 絶体絶命(※ちょっと長いです・・・)

昨年の話。


9月末、5名の客を乗せて釣りをしていた


釣りは初めてではないのだろうが、あまり沖の大物釣りに慣れていないお客さんが


いきなりの強いアタリに手を滑らせ、竿とリールで20万するタックルを思わず手放してしまった


あっ!と言う間に竿は海中に沈んでいった


貸し出したタックルだったから、その方を連れてきた常連客は「弁償するよ」と言ってくれたが


ベテランならまず無いアクシデントであっても、無くすことも想定して貸し出しているので


無くした御本人には、以後気を付けてくださいとだけ伝え、その場は済ませた


超大物用ではないが使い易く、15キロ前後のサイズなら軽々上がり、釣果実績を積み上げてきた特注竿(&リール)だった


もう・・・10日間ほど凹んだ


その後11月に入り


自分の把握する漁場に今ひとつインパクトを感じることができず


お客には感付かれていなかったが、個人的には納得のいかない日々が続いていた


とある土曜日、仲間の船頭からインストラクターを兼ねて同行してくれないかと依頼があり


普段は自分も忙しいのだが、気分転換に他人の船にも乗ってみるか、と二つ返事で引き受けた


当日朝5時、港に着く

前準備の手伝いをしながら客を待つ


5時45分、2台の車で8名が到着


この日は屋嘉比島沖でマグロを狙うと聞いている


今回の8名は名古屋の会社の同僚の皆様だそうで、沖縄での沖釣りは初めてとのこと


船頭から紹介され、皆に挨拶する


ポイントまでは約1時間半

お客さん達は全員40代、すぐに打ち解ける


今回は冷凍キビナゴを解凍し、2~3匹を目から掛け、スピニングリールを使ってフカセ(軽いオモリのみ)で沖に流す釣法だ


うち1人だけは、一発大物狙いで深場を探るので


ワーム(今回はエビのようなムカデのような10㎝サイズ)を付けて電動リールを担当する


7名フカセ、1名ワームの持ち場は、後ほどジャンケンで決めるそうだ


さて


餌の付け方や流し方、釣れてからのやり取りなど、オリオンビールを客から頂戴しながら説明していたのだが 


30分もすれば宴会状態になる


俺は今回インストラクターという立場だから気楽なものだが


万が一の時に備えて、アルコールは控え目にしておく


それでも皆さんはテンションが上がっているのだろう、泡盛やハイボールへと移行する


この日の天気は快晴。

風は3m、沖の波高は1.5~2m


荒れてもいないが、穏やかでもない


「皆さん、沖は波もありますから、あまり飲まれて船酔いされない様に!」


「大丈夫です、皆、船は酔わないんです!」


「だったら良いのですが、あともう20分ほどでポイントですから、頑張りましょう!」


そう言うと、全員の顔が引き締まる


「よっしゃ~釣るぞぉ!」


景気付けの宴会を打ち上げ、片付けが始まる


片付けが終わると持ち場を決めるジャンケンが始まる予定だったが


飲み過ぎた1人が「ごめん、俺、楽させてもらう」と電動リールをチョイスする


電動リールでのワーム釣法に関しては説明をしていなかったのだが、ある意味1番疲れる釣りだ


電気でアシストはされるが、常に竿をグイングイン大きく引きながら、ワームに動きを付けねばならない


フカセは、波間を漂いながらユラユラとゆっくり沈んでいく釣り方だが


今回のワーム釣法は、重いオモリを付け、一気に200m辺りの深場を狙うため


海流や水圧を受けながらワームにアクションを付けるには、激しく大きな動きでないとワームにまで伝わらないのだ


たぶん彼は、良くも悪くも一気に酔いが醒めるだろう・・・


程なくポイント辺りに付く


船頭が風や波を計算し、グルグル周りながら向きを決める


8名はそれぞれの持ち場に付く


俺は、説明していなかったワーム釣法を教えるため、電動リール担当の彼の隣で一応自分もフカセ釣りの用意にかかる


波間に船が停止

スピーカーからプッ!と合図が鳴る


さあ、釣り開始だ!


まずは隣のお客さんにワーム釣法を説明する


200~230mまで一気にワームを落とし


そこから低速で電動リールを巻きながら、こうやって竿をグイングインと引くのですよ、


ある程度巻けたら、またフリーにして落とし、同じ動きを繰り返してください、と


実際にやって見せながら説明していると、いきなりガガガッと喰ってきた


小さいが、よく引く


「ちょっと上げてしまいますね」


そう言って巻き上げてくると、60センチのキハダの子供だ


ラインを持って、そのまま船にぶっこ抜く


「・・・とまあ、こんな感じです。他の皆さんより釣果は上がると思いますから、頑張ってくださいね」


ワーム担当の彼はもう興奮状態だ

さっきまでの酔っ払いの目がギラギラ光っている


「わぉ!頑張ってみます!」


生気を取り戻した彼にワームを任せ、右舷・左舷のフカセ組を見て回る


30分経過


一旦上げては、また流す・・・これを4回、船のポジションを修正しながら行ったのだが、フカセ組にバイトがない


ワームの彼はすぐにコツを覚えたのか、あれから50~60cmのキハダを既に3本、自力で上げている


う~んこれは、フカセ組の7人のテンションを上げるためにも、そろそろ俺も釣るか?


操舵室の魚探を確認すると、明らかに反応はある


あとはタイミングなのだろうが、まずは一本だ


自分の場所に戻り、俺も後部から斜めに、流してみることにした


キビナゴを3匹掛け、流す

ユルユルとラインが出ていく


30mほど流れたな・・・40mくらいまで流すか、と思ったその時


竿先がグングングン!としなる


きたっ!


暫し、待つ


ググーンググーンとしなりが重くなる


深場に移ろうとしているのだ


よし!

竿を数回、大きく引いて合わせる


ガツン!フッキングした


適度に緩めているドラグ(いきなり強い力が掛かってラインが切れないよう、少しずつリールから糸が出るように調整するツマミ)だったが


キツめに締めているのだが、お構いなしにガガガーッとラインが出続ける


竿を立てることも出来ない

いきなりの大物だ


俺のフッキングに気づいた船頭がスピーカーで声を上げる


「みんな!巻いて!上げて!」


俺のラインと絡まぬようにするためだ


その時、船尾から見て左斜め海底に向かって走っていた魚が、右舷から船首に向いて大きく左に向きを変え、走りだした


船頭がスピーカー越しに「Tさーん、それマグロじゃないねー」と言う


確かにこれはマグロじゃない・・・


「ちょっと前いくわ!」俺は声を上げる


左隣のワームの彼は、既に竿を上げていたので


「すみません前通ります!」船べり沿いに、ワームの彼の脇を抜けて船首に向かおうとした、その時


邪魔にならぬよう奥に押しやっていたはずの、電動リールに直結されているバッテリーが


一瞬だが、下ろそうとした右足の着地点に見えた


あっ踏んでしまう!


上げた足を下ろすのを躊躇したのと同時に(左片足立ち状態)


波で右に傾き、転けそうになったワームの彼の右手が、彼の全体重を乗せて俺の左肩を押した


あっ!!


船べりを越えた瞬間、天と地が逆さになり、俺は海に落ちた


船から落ちた事はすぐ理解した

そして左手に竿を握っていることも理解した


落ちると同時に、先だって失ったタックルを思い出したのだ


海中で一回転したが、ライフジャケットを着ているからすぐ海面に顔を出せた


まず海中に引き込まれることはない!


しかしすぐさま、左手にもの凄い引きが伝わる


あかん!手が離れる!慌てて右手でも竿を掴む


しかし両手で竿を掴むと、強烈な引きで今度は顔が上げられない


もう必死に竿を離すまい、でも息継ぎはしたい!の繰り返しで、海水を飲みそうになる


俺が落ちてからの船上は、さぞパニックになっていただろうが


俺もパニックだ


「離せ!離せ!」という、くぐもった声が何となく聞こえる


しかしだ

俺はこの竿を離すわけにはいかんのだ


なんとかしてラインを切りたいが、無理だ


魚は波の煽りを受けていないから同じ深さを泳いでいるが、海面の俺は最大2mの波を受けているから


波の頂上が来るたびに、腕に強烈なテンションがかかる


1対10の綱引きか!!という感じだ

なす術がない


一瞬、船が見えたが・・・ああっ離れていく!


俺を曳航する魚は、船上にいた俺とは違い


釣り上げるための逆方向の力を受けていないから、少し落ち着いたのか


腕に凄い引きは感じるが、スピードは落ち、潜るのをやめて水平移動を始めたようだ


俺も息継ぎが楽になったが、このまま永遠に引っ張られ続け、船が俺を見失えば・・・?!


そこまで考えて初めて死を意識した


俺が助かるには竿を離せばいいのだ

意地になって死んだら、元も子もない


もう離そうか・・・

離して弁償しようか・・・


そんなことを考えているうちに、竿に力が掛かっていないことに気付いた


あれ?


海中から、竿を上げてきた

何のテンションも掛かっていない


一瞬、喰い上げ(掛かった状態で魚が海面に上がってくること)か?とも思ったが


完全にラインが切れたのだ


その後


俺に付かず離れず追ってきた船から浮き輪が投げられ


右舷の板を外し、俺は引き上げられた


魚は逃したがタックルは離さなかった


俺は30分くらいに感じたが、実際には落ちてから5分間程度の出来事だったようだ


その夜。


船頭と8名の釣り客と一緒に飲みに出た


俺が何故、竿を離さなかったのか。


その理由を知っていた船頭が皆に説明してくれたのだが


「いや、そうだとしても・・・怖くなかったんですか?」


「いや、それだけ我々にとっては自分の仕込んだ釣り道具は大事なんですよ。それを自分が失うならまだしも、他人に失くされた日には、もう・・・残念で夜も眠れないです」


結局この日は、俺の転落騒動もあり、その後の釣果も芳しくなかったのだが


ある意味プロ根性を感じたと、釣りではないところで妙に感心されてしまった


主旨とは違ったが、インストラクターとしての役目は果たせたのかな?


強烈な思い出になったと言って皆さんは帰っていかれた


俺はといえば


転落の翌日からようやく恐怖心が首をもたげてきて


5日連続、海底に沈む夢にうなされ続けた

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