第43呪 隣の芝生は青くて呪われている💀


「俺の成功は全てこのグローブの力。この功績は本当に俺のものなのか?」


 その声は間違いなくユウマのものだった。


 無意識に口走ってしまったのかと思い、ユウマは慌てて自分の口をふさぐが、部屋に響くユウマの声は止まらない。


「あいつも……、あいつも、あいつもあいつも! みんな先に進んでいくのに、俺は……」


 これはユウマもよく覚えている。

 たしか1年くらい前にひとりで飲んでいたときにこぼしたグチだ。


 あれは後輩の高ランク昇格祝いで、久しぶりにあった同期――同時期にブレイカーになった男――から「高坂くん、まだ低ランクやってんの?」と鼻で笑われた日の夜だった。


 再びユウマの声が頭に重なる。


「また結婚式の招待状、こっちは出産報告……俺は独り身で彼女もナシ。やんなるね」


 こちらは覚えてないが、部屋でひとりで居るときにユウマがボヤいてそうなセリフだ。


 あの頃はなにもかも全てがうまくいかなくて。

 同期も、後輩も、郷里の友人も、みんなが友人のことをバカにしているのだと思いこんでいた。


 ユウマは彼らの誰にも負けていない自信があった。

 にもかかわらず誰からも認められることなく、くすぶっている自分に嫌気がさしていた。


 邪龍のグローブを手に入れて、ナイドラとダンジョンを無双出来るようになって、ようやく成功らしきものの尻尾を掴んだ。


 迷惑をかけてばかりだった先輩もユウマを認めてくれた。

 ブレイカーランクもAまで上がり、都内にユウマより上のランクのブレイカーを探す方が難しい。


 しかし今度は自分に自信が無くなった。


 どれもこれもユウマ自身の力ではない。

 ナイドラと攻撃力9999の『邪龍のグローブ』の力だ。


 誰かに「スゴい」、「変わった」と言われる度に心に小さなトゲが刺さった。


 口では「いや、そんな」とか「まだまだです」とか謙遜の言葉を吐き、心の中では「俺はなにもスゴくない」「俺はなにも変わっていない」と落ち込む日々。


「もし、邪龍が消えたら――」

「もし、そのグローブを失ったら――」


「お前は戦うことが出来るのか?」


 それはユウマ自身がフタをしてきた問い。


 日頃から「こんなダサいグローブ」とか「必ず呪いを解いてやる」とか言っているくせに、ダンジョンではそのグローブの性能に頼りきっているダブルスタンダード。

 

 グローブを外したお前にはなんの価値も無いのだ、と。

 これまで目を背けてきたクリティカルな事実を、目の前に突きつけられた。

 

 

 そしてこの瞬間、ユウマは気づく。

 この声は隣にいるミサキにも聞こえているのではないか、と。


 恐る恐る、隣を見るとミサキと目が合った。

 

 ユウマの顔がカァーーーッと熱くなる。

 まさに「顔から火が出る」というやつだ。


「ミサキ……もしかして、聞こえてた?」


 ミサキには聞こえていなかった可能性に一縷いちるの望みを懸け、ユウマはおずおずと訊ねた。


「うん。聞こえてたわ。正直に言って――」


 そこまで聞いたユウマは、今度は顔がひんやりと冷たくなった。


 ドン引きだ、と言われるのか。 

 ガッカリした、と幻滅されるのか。

 どうしようもないヤツだ、と罵られるのか。

 

 どの言葉で紡がれるにせよ、もうミサキとこれまでのような関係でいることは出来なくなるのだろう。


「ムカつくわね、コイツ」

「へ?」


 予想外の言葉が出てきて、ユウマは間の抜けた返事をする。


「へ? じゃないわよ。全く何様なのかしら。他人ひとのことをグチグチグチグチと責め立てて、イヤらしいったらないわ。私、こういうヤツ大っ嫌いなのよね」


「俺のこと……嫌いになってないの?」


「なんで?

 これくらいの愚痴、誰だって言うわよ。もちろん、私だって言うわ。

 ユウマと初めて会った日だってそう。

 母親から電話で小言だなんて、羨ましいやら妬ましいやらでイラっとしたわよ。

 両親も兄弟もご健在って、親が離婚して母が入院中の私から見たら芝生が青すぎて目がくらむかと思ったわ。

 隣の芝生が青いのはもう仕方ない。

 それでも自分の芝生を大切にしていくしかないでしょ!?

 グローブのことだって気にする必要ない。

 ナイドラに気に入られていることが君の実力!

 親の金でいい装備を買って貰ってるブルジョワブレイカーよりよっぽど真っ当じゃないの。

 グローブが無くなったら、ですって?

 今のうちにしっかり働いて、グローブが無くなっても戦える装備をかき集めておけばいいだけじゃない。

 お金を十分稼いだら早期リタイアファイアしたっていいのよ。

 そんなことより――」


 ミサキは前方に向き直ると、大きく息を吸った。


「嫉妬だかなんだか知らないけど、くだらない盤外戦術してんじゃないわよ! さっさとその汚いツラを見せやがりなさい!!」


 暗闇に向かってミサキが吼える。

 威勢よく、まくし立てるミサキの姿に目を丸くしていたユウマだったが、あまりの頼もしさについハハッと笑いが出た。


「なに笑ってんのよ」

「ごめん。本当にミサキの言う通りだなって」

「ほんと、しっかりしてよね」


〔 ふっふっふ。ふはははははは 〕


 これまでウンともスンとも言わずに黙っていたナイドラが、突然笑い出した。


〔 あのロリっ娘、まさか大いなる災厄に啖呵を切るとは思わなんだ 〕


〔 貴様……、これは尻に敷かれるぞ 〕


(やっぱそう思う?)


「一応忠告しておくけど、聞こえてるわよ。ナイドラ」


 ミサキがジト目でこちらを見ながら、ぴしゃりとクギを刺した。


「下らないこと言ってるヒマがあったら、さっさと嫉妬とかいうクズをユウマと一緒にぶん殴ってきなさいよ」


〔 なぜ、我が貴様なんぞに命令されね―― 〕


「へ・ん・じ・は?」


〔 はい 〕




――――――――――――――――――――

💀盤外戦術

 将棋や囲碁といった盤上で勝負する競技において、盤上とは別のところで行われる心理戦のこと。

 試合前に相手を煽ってみたり。

 試合中に扇子をパチンと鳴らして威嚇してみたり。

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