第42呪 大いなる災厄に呪われている💀


(そのまえに……。おい、ナイドラ。ちょっと話があるからツラ貸せ)


 このダンジョンに入ってからこっち、明らかにナイドラの様子がおかしい。


 先ず持って口数が少ない。

 ネットスラングも言わない。

 声を掛けても上の空。

 なにか知ってる風な口を利く。

 なのにこっちから訊くと黙る。


 これが邪龍ナイドラじゃなく人間だったなら、一度家に帰すレベルの情緒不安定っぷりだ。


 原因をハッキリさせておかなくては、ユウマは心置きなくボス戦に挑めない。


〔 なんだ? 〕


(なんだ? じゃ、ねぇんだよ。いいから、知ってること全部吐け)


〔 ……全部か 〕


(ったりめぇだ)


〔 聞かない方がお前のためかもしれんぞ 〕


 ここまで言っているにも関わらず、今なお思わせぶりなことしか言わないナイドラに、ユウマは業を煮やす。


(がばいせからしか! はよはなさんこー)

(めっちゃめんどくせぇ! さっさと話せよ)


〔 き、貴様……、脳内会話でもなまるのか 〕


(そがんことはどがんでんよかやんか!)

(そんなことはどうでもいいだろうが!)


〔 ふぅ。なにを言っているのか全く聞き取れないが、言いたいことは分かってしまうのが脳内会話。仕方あるまい。聞いて後悔しても知らんぞ 〕


 ユウマに押し切られるかたちで、ナイドラはこのダンジョンについて、そして自分達の存在について語りだした。


      💀  💀  💀  💀


 そもそも、ダンジョンとはどういう存在か、という話から始めよう。


 貴様ら人間が『ダンジョン化現象』と呼んでいる黒い霧のようなものは、全て貴様ら人間の“負の感情”や“昏い欲望”だ。


 負の感情が集まって、魔素を産み出し、モンスターを産み出し、ボスモンスターが撃破されることで負の感情が昇華されるシステム――それがダンジョン化現象だ。


 なにをポカンとしている?

 ちゃんと話についてきておるか?


 話を続けるぞ。


 貴様らもよく知る通り、システムに完璧なものは存在しない。


 このシステムにおいて最大のイレギュラーは、負の感情が多すぎてダンジョン化現象が頻発した影響で、いくつものダンジョンがブレイクされずに放置されてしまっていることだ。


 都内だけに絞っても、今ある放置ダンジョンの数は1000を下らない。

 もちろん、そのほとんどはサイズが小さいものだが、塵も積もれば山となる。


 ダンジョンが放置されるということは、当然そこにある負の感情も昇華されることは無い。


 昇華されなかった負の感情は、時を経てよどみ、濁り、おりとなる。


 奇しくも以前、貴様らが長年放置されたダンジョンのことを「熟成してそう」などと評しておったが、あまりにも的を得ていて驚いたものだ。


 熟成して澱となった負の感情は、同種の感情と混ざり合い、大いなる災厄となって戻ってくる。


 城に入ったとき、なにやら耳障りな声がひっきりなしに聞こえただろう?

 それは、ここが大いなる災厄のひとつ――『嫉妬』のテリトリーだからだ。


 そして我は……。

 我とそこの女神は、大いなる災厄を昇華させるために「人の正の感情」から生まれた概念だ。


 女神は人を慈しむ慈愛の感情から。


 我は正しさを貫く正義の感情から。


 ダンジョンの深いところで目を覚まし、依り代となる人間きさまらを見つけ、呪いという形で貴様らの身体と同化し、今ついに自らの存在証明のための戦いが始まる。


 これは貴様ら人類の戦いであると同時に、我々に課せられた使命でもある、ということよ。


 やめろ。

 なんだビビってるだけか、とか言うな。


 なに?

 今の話のどこに「聞いて後悔」するようなところがあったとか、だと?


 大いなる災厄だぞ?

 熟成された負の感情だぞ?


 この先にいるであろうボスが、どれほど邪悪で危険な存在か分からんわけではなかろう!?


 おい!

 ふざけるな!


 別に我はビビってなどおらん!!


 憐れむような声を掛けるでない!!



 くそ! もういい!

 さっさとそこの扉を開けて中に入るがよいわ。


      💀  💀  💀  💀


 ナイドラの様子がおかしかった理由が、自分の存在を証明する正念場にビビっているだけだということが分かり、ユウマは心置きなく扉に手を掛ける。


 ナイドラの告白にユウマは、恐怖よりも安心が勝った。


 圧倒的な力を持ち、正義の感情から生まれた生粋のロウ属性であるナイドラでさえビビるのだ。


 さしたる特別な力も持たず、矮小な存在である自分が怖気付おじけづくのは当たり前のことだったのだ。


 怖くて当然。

 ビビって当たり前。

 足の震えは勇気の証だ。


 なけなしの勇気を振り絞って押し開けた扉の先には、1センチメートル先も見えない暗黒の空間が広がっていた。


「闇を晴らせ、『アグライアの輝き』」


 ミサキが女神の力で光を生み出す――が、


 真っ黒なモヤのようなものが光を包み込み、瞬く間に光源は打ち消されてしまった。


『しかし、不思議な力でかき消された』

 なんてメッセージウィンドウが出てきそうだな、などと思いながら、その一瞬の光でお互いの位置を把握したユウマとミサキは、どちらがなにを言うこともなく自然と手を繋いでいた。


 暗黒の空間には、扉の外よりもハッキリと怨嗟の声が満ち溢れていた。


 自らを卑下し、人をうらやむ数多の声の中、ユウマはひとつと声に囚われた。


「俺の成功は全てこのグローブの力。この功績は本当に俺のものなのか?」


 その声は間違いなくユウマのものだった。




――――――――――――――――――――

💀邪龍と中二病

 邪(を喰らう)龍は人の正義の心から生まれた概念である。

 正義の心とは往々にして若く無垢な少年少女のものであり、邪龍も少年少女からの影響を多分に受けて人格が形成されている。

 そんな少年少女が憧れるあこがれのヒーロー像、ヒロイン像は、大人の世界では中二病と呼ばれている。

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