第41呪 懐かしいヤツに呪われている💀


 扉の先は大広間だった。

 2階へ進む大階段以外には通路のひとつも存在していない。


 ロウソクの灯りで照らされた室内は、薄暗く気味が悪い。


 大階段までは赤いカーペットが敷かれていて、両サイドには中世ヨーロッパで使われていたようなフルプレートメイルが等間隔に並んでいた。


 ゲームでよくあるパターンなら、フルプレートメイルが動き出して、プレイヤーに襲い掛かるところだろうが、この城では本当にただの置き物のようだ。


 だがユウマ達には、そんな城内の様子より、もっとずっと気になるものがあった。

 城に入った瞬間から、どこからともなく聞こえてくる正体不明の声。


「いい車に乗ってやがる。きっとあくどい方法で金を稼いでるに違いねぇ」


「ご近所の佐藤さん、宝くじ当たったんですって。それなのにランチも奢ってくれないなんてケチよねぇ」


「ケンちゃんのところはいっぱいゲームを買って貰えていいなあ」


「あたしもフィギュアスケートやりたいのに……お母さんがダメだって言うの」


 人が人をうらやんでいる声。

 誰かにボヤいているものもあれば、心に思っているだけのものもある。


「なんだ、これ。気味の悪い演出だな……。ミサキ、ボスの居場所はわかる?」


「うーん、ダメみたい。マップがブレてよく分からない。……なんだろう、探知を妨害されてるような感じ」


「ハァ……。そう簡単にブレイクさせてはくれない、ってことか」


 ユウマは落胆して小さくため息を吐いた。『肥大化するダンジョン』などという常識外れなダンジョンは、その中身も他とはレベルが違うのだろう。


 ――グオオオオォォォォォォォ


 モンスターが近いのか、低いバリトンボイスが城内の調度品を揺らす。

 ユウマの身体にも空気の振動が伝わり、背筋がゾクッとした。


「この声……」


 このバリトンボイスに、ユウマは聞き覚えがあった。

 ドスン、ドスンと大きな足音を立てて、声の主が近づいてくる。


 廊下の先、暗がりから姿を見せたのは、陽光タワーの大規模ダンジョンでユウマ達を襲った黒い一つ目巨人ノワールサイクロプスだった。


「ユウマ……あれって」


 ミサキも敵の正体に気がついたようで、少し声が震えている。

 彼女にとっては大敗北のトラウマを植え付けた天敵。


 そして、それはセイジにとっても同じだ。


「た……た……、たのむ」


 なんとか、その一言を絞り出すと、セイジはユウマの後方に身を隠した。


「うっす。俺に任せてください」


 ユウマは自信満々に答えると、究極を超えた拳ウルトラアルティメットパンチでノワールサイクロプスの頭部を吹き飛ばした。


 キャプテンアイパッチの命中率補正のおかげもあり、今のユウマはノワールサイクロプスくらい大きいサイズのモンスターならヘッドショットも楽勝だ。


「俺たちが壊滅させられたボスモンスターが一撃で……。俺は今、ブレイカーを諦めるという選択が間違ってなかったと確信したよ」


 セイジが大きく目を見開いたまま、遠い目をして呟いた。

 しかし、それを耳にしたユウマは少し複雑な気分だ。


「俺がすごいわけじゃないんすけどね……。それはそうと、ノワールサイクロプスクラスのモンスターが雑魚モンスターとして湧いてくるのはキツいっすね」


「ああ。これじゃお前以外は戦力にならないぞ」


 そう言ってセイジが後ろを振り向くと、ノワールサイクロプスを見たブレイカー達が明らかに戦意を喪失していた。


 戦力にとかとかのレベルではなく、もはや彼らは保護対象と化していた。

 ゲームの護衛ミッションとの大きな違いは、彼らがもし戦死したとしてもゲーム―オーバーにならないことだろうか。


 だからと言って、そのあたりにポンと置いていくわけにも行かないわけだが。


 そこから先はユウマにとって地獄だった。


 前方に敵影が見えれば究極を超えた拳ウルトラアルティメットパンチを飛ばし、後方で味方の悲鳴が上がれば救けに飛び、そのほか全ての敵をユウマが殴り殺す。


「ワンオペしんどいっ」


 と、ユウマが心の底から叫んだ5分後。

 一同はついにボス部屋と思しき大扉の前にたどりついた。


「セイジ先輩。ここから先は――」

「ああ。わかってる。これ以上、お前の足を引っ張るつもりはない」


 セイジは覚悟を決めた目で頷いた。


 雑魚モンスターですら、大規模ダンジョンのボスクラス。

 ボスモンスターの強さは想像を絶するものになるだろう。


 さっきまでのように、戦力にならないメンバーをユウマが守るような戦い方を続けることは出来ない。


 つまり、ユウマとミサキを除いた18人はこの扉の前に留まることになる。

 残されたメンバーでは、もしここにモンスターが出てきても太刀打ちできないだろう。


 ここまでの道中、かなりの数のモンスターを撃破してきたことでエンカウント率は多少なりとも下がっているはずだが、それでも「100%エンカウントしない」とは言えない。


 あとは祈ることしかできない。


 セイジの覚悟は、もしエンカウントしてしまった場合を想定した覚悟。

 自らが殿しんがりとなって、仲間のブレイカー達を逃がすと決めた男の覚悟だ。


「ボス撃破は頼んだぞ」


 セイジから差し出された右手を、ユウマがしっかりと握り返す。


「サクッと殴り飛ばして、雑魚が湧く前にダンジョン潰してやりますよ」


 ユウマの答えに、セイジが満足気に笑っていた。

 後ろでその様子を見ていたブレイカー達も、少しだけ安心したような顔をしている。


 あの『破壊神』が言うのなら本当に秒殺で仕留めてくるんじゃないか、とでも言いたげな眼差しを全身に受け、ユウマは苦笑いしながらボス部屋の扉に手をかけた。


(そのまえに……。おい、ナイドラ。ちょっと話があるからツラ貸せ)




――――――――――――――――――――

💀雑魚モンスターは無限に湧く

 ……のだが、リポップにはちょっと時間がかかる。

 特にこの魔王城型ダンジョンに出てくる雑魚モンスターは、非常に強力なためモンスターが顕在化するためのエネルギーも大きく、リポップ間隔も長い。


 結果的には、ボスの部屋の前でユウマ達を待つという方法は正解だ。

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