第40呪 地下牢と魔王城は呪われている💀

 

 男の精神はもう限界に達していた。

 目は虚ろ、口は半開き、身体に力は入らず、動く気力も無い。


 漆黒の闇の中、他人の怨嗟の声を聴き続け、自らも嫉妬心を掘り起こされる。


 耳をふさいでも声は頭に直接響き、

 目を閉じても眠りに落ちることは許されない。


 これが地獄の責め苦である、と説明されれば「なるほど」と納得しただろう。


 しかし、これは現実である。

 逃れるには自ら命を絶つ以外に選択肢は無い。


 男が意を決して、舌を出し、顎に力を入れようとしたその時、音が聞こえた

 遠くで何かが爆発したような、崖が崩れたような低い音が、たしかに聞こえた。


「こん音はなんこー? あっちにだいかおっとかね」

(この音はなんだ? あっちに誰かいるのかな」


 男は音がする方へ、這って近づいていく。

 

 足に力が入らなかったが故の行動だが、足元が見えない中で立って歩くよりも、身体を床につけて這った方が圧倒的に不安感が少なかった。


「……ティメッ……パーー……」


 人の声らしきものが聞こえた次の瞬間、再びドゴオオオオォォォォォンと爆発音のような低い音が聞こえた。


 まだ声の主との距離が大きいのだろう。

 はっきりとは聞こえなかったが、確かに人の声がした。


 そして男はこの声の主に心当たりがあった。


「ユウマ!! ユウマね!? そこにおっとはユウマじゃなかとね!?」

(ユウマ!! ユウマなのか!? そこにいるのはユウマじゃないのか!?)


 男は腹の底から声を絞り出し、闇に向かって叫んだ。

 しかし、返事は返って来ない。


 それでも男の心持ちは、先ほどまでと大きく変わっていた。


 誰かが近くにいる。

 その可能性を感じられただけで、生への希望が溢れだす。


 つい先ほどまで虚ろだった目に光が宿っていた。


      💀  💀  💀  💀


 そこは地下の洞窟に鉄格子の牢屋が並んでいた。


 熱帯雨林型のダンジョンから、ビーチもある無人島型のダンジョンへ移動したユウマ達は、さらに忍者屋敷型のダンジョン、廃病院型のダンジョン、西洋の共同墓地型のダンジョン、蒸気機関車型のダンジョンなどいくつものダンジョンでボスを倒した。


 ダンジョンボスをはじめとした強敵は、全てユウマがワンパンで仕留めているが、ワラワラと寄ってくる雑魚モンスターによって傷を負っているブレイカー達は少なくない。


 ついさっき飛行船型のダンジョンでボスを倒した僕たちは、今は地下牢型と思われるダンジョンの一角で怪我の手当てをしたり、カロリー補給をしたり、つまり休憩タイムというわけだ。


「ミサキ、さっきダンジョンを移動するとき、なにか聞こえなかった?」

「え? ううん、なにも」


 飛行船型のダンジョンから今のダンジョンへの移動する瞬間、ユウマは人の声のようなものを聞いた気がした。


 しかし、どうやらミサキには聞こえていないようだ。

 ユウマは心の中でナイドラにも聞いてみることにした。


(ナイドラは? なにか聞こえなかった?)


〔 ………… 〕


(ナイドラ? 聞いてる?)


〔 む? どうした? 〕


(聞いて……ないね。うん、いいや)


〔 ………… 〕


 ナイドラはまた黙ってしまった。

 以前の無視とは違い、機嫌が悪いというわけでは無さそうだ。


 言うなれば、心ここにあらず、といった雰囲気。

 ユウマはナイドラの様子を心配しつつも、さっき聞こえた声の方が気になって仕方が無かった。


(ミサキもナイドラも聞いてないのなら、気のせいかもしれないけど……なんかイントネーションが懐かしかったんだよなぁ。どっかで聞いたことあるような)


 ユウマはうんうんと唸りながら、先ほど聞こえた声の主を頭の中で検索するが、なかなかピンと来ない。


 そうこうしているうちに、休憩タイムが終わり、セイジがメンバーに出発を告げる。


「ミサキ、どっちに撃てばいい?」

「……上みたい」

「登るタイプかぁ。仕方ない、歩くか」


 ユウマのダンジョン掘削は高低差に弱い。


 特に高いところにボスがいる場合、上層に向かって道を切り拓いても、ボスの元へたどり着くためには結局登りのルートを探すハメになる。


 ユウマ達はセイジにボスの居場所を伝えると、雑魚モンスターを蹴散らしながら、地下牢を上へ、上へと進んでいった。


「で、地上に出ちゃったよ」

「地下牢型のダンジョンじゃなかったのね……地上の情報はメティスの叡智えいちにも映らなかった、イヤな感じがするわ」


 ユウマ達の視界に広がっているのは、まるでロールプレイングゲームに出てくる魔王城のような、禍々しいデザインのお城だった。


「地下牢は、この城の設備のひとつって扱いなのかな」

「きっとそうだと思うけど……それにしては地下牢がちょっと広すぎないかしら」

「思った。ここなら余裕で1000人くらい収容できるよね」


〔 ユウマ、近いぞ 〕


(え? なにが?)


〔 察しの悪いやつめ。倒すべきダンジョンボスに決まっているだろう 〕


 突然、さっきまで意識を飛ばしていたはずのナイドラが話し掛けてきた。

 正確にはアラートを上げた。


「……ミサキ!」

「聞こえたわ。ここが最後のダンジョンってことになるのかしら」

「そうだね。いつも通り、サクッとやっちゃおう」


 ユウマとミサキが視線を絡めて微笑み合っていると、ナイドラがあきれた声でクギを刺してきた。


〔 そう楽な相手では無いぞ 〕


「ナイドラ……なにか知ってるの?」


〔 ……………… 〕


「また黙っちゃったよ。とはいえ、確かに油断は禁物か」


 ユウマは邪龍のグローブ頼りで緩み切っていた緊張の糸を、再びピンと張った。


「セイジ先輩。ここが最後みたいっす」

「本当か!? ……ここまで長かったけど、お前に頼んで本当に良かったよ」


「そのセリフはここのボスを倒したあと、もう一度聞かせてください」


 ユウマ達は頭蓋骨をモチーフにしたデザインの大扉を開き、禍々しい雰囲気に包まれた城へと足を踏み入れた。




――――――――――――――――――――

💀最後のダンジョン

 禍々しい城を中心に、東京ドーム2個分くらいの大きさの庭園があり、周りは高い壁に囲まれているダンジョンである。


 庭園の一角に地下牢への入口(ユウマ達から見ると出口)があり、縦にも横にも広がったダンジョン構造になっている。


 ミサキが持つ『美の女神』の力のひとつである『メティスの叡智えいち』でも城の存在を感知出来なかったことから、このダンジョンが特別なものであることが窺える。

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