第38呪 男の黒い気持ちは呪われている💀


「おいがなんとかすっ」

(俺がなんとかする)


 そう言い残してダンジョンへと入っていった親友が、男のもとへ戻ってくることは無かった。


 もう30年近く前のことだ。

 ダンジョン化現象も始まったばかりで、ブレイカーなんて職業は無かった。


 今は大規模ダンジョンと呼ばれるサイズのものは自衛隊がブレイクしてくれていたが、そこかしこに生まれる小さなダンジョンまでは手が回らない。


 そんな時代の話だ。


 当時、男には身重な妻がいた。

 切迫早産のために入院する予定だった病院が、不運にもダンジョン化現象に巻き込まれてしまった。


 急いで別の病院を探すも、すぐにベッドを開けられる病院を見つけることは出来なかった。

 男の親友が入っていったのは、その病院を覆っていた黒い霧の中。


 ダンジョンはブレイクされ男の妻は入院することが出来たが、親友はダンジョンの中で命を落とした。

 男は親友の名を貰い、そのときに生まれた息子に『ユウマ』と名をつけた。」


 そのユウマが「高校を卒業したら東京でブレイカーになる」と言いだした。

 男は息子を全力で止めた。


 親友の命を奪ったダンジョンに、親友の名をつけた息子まで奪われるわけにはいかない。そう思ったからだ。親として当然の気持ち、行動だ。


「本当にそうか?」


 ここは東京都C区の『肥大化するダンジョン』だ。


 男は歩き回る気力を失い、座り込んでいる。

 怨嗟の声が止むことは無い。


 それどころか、誰のものか分からないおぞましい声が、男の古い記憶を思い起こし、心の内にずっと秘められていた黒い気持ちを掘り起こす。



「ほんなこつ……ほんなこつは……」

(本当……本当は……)



 男は親友に嫉妬していた。

 人のために「おいがなんとかすっ」と命を懸けられる親友に劣等感を抱いていた。


 自分の妻と生まれてくる子のために、命を懸けるべきは自分だったのではないか、と何度も責めた。



「おいは、あいんことば……」

(俺は、あいつのことを……)



 生まれてきた我が子に親友の名をつけたのは罪滅ぼしでしかないことを誰よりも知っていた。


 息子がブレイカーになると言ったとき、男は過去の自分を責められている気がした。


 男がダンジョンに挑んで命を落としていたなら、息子がブレイカーになるなどと言いだすことは無かったかもしれない。


 もし息子がブレイカーとしてダンジョンで命を落としたら、それは周り回って過去の自分の選択が呼び寄せたことになる、と男は思った。


 それだけは認めたくなかった。


      💀  💀  💀  💀


「おはざぁーーーーっす」

「おはようございます」


「おう! Y氏! 早い時間に悪いな」


 セイジがはち切れんばかりの笑顔でユウマとミサキを迎える。

 電話を終えてから約9時間、この集合時間に集まってくれたブレイカーは約20名。


 この中にはユウマとミサキはもちろん、セイジも頭数に入っている。


 金髪では無いが、赤いメタルアーマーを着込んだセイジの立ち姿は、大規模ダンジョンの頃からひと回りくらい小さくなったように見える。


「現役のときと全く同じとはいかねぇんだけどよ。弾避けにくらいはなれっから」

「変なこと言わないでくださいよ。チームのまとめ役である先輩に飛んでくる弾を、端から殴り返すのが俺の役目じゃないっすか。けど……」

「けど、なんだ?」


「先輩と同じ現場に入るの久しぶりすぎて、ちょっと変な感じっす」

「わかる。なんだろうな、ちょっと背中がむずがゆいぜ。それにしてもお前の格好、やっぱインパクトあるな」


 セイジが集めてきたブレイカー達も、遠巻きにユウマのことを見てヒソヒソと話をしている。


「一応、言っておくが……お前のこと、結構ウワサになってるぞ」

「え!? ウワサってどういうことすか?」

「正体不明のスゴ腕ブレイカーがいるって」

「な、なるほど?」


 唐突に褒められて、ユウマは満更でもない様子だ。


「そのブレイカーは中学生のコスプレイヤーみたいな恰好をしてるって」

「なるほど……」


 そして、目に見えて肩を落とした。


「で、いま目の前に『中学生のコスプレイヤーみたいな恰好』をしたブレイカーが現れたものだから」

「ザワついてるってことっすね。……はああぁぁぁ」


 セイジが頷くと、ユウマは大きくため息を吐く。


「ユ……Y氏は全身だから隠しようがないものね」


 いつの間にか隣で話を聞いていたミサキが話に加わってきた。

 彼女の頭に装着されているはずの猫耳カチューシャは、大きめのキャスケット帽ですっかり姿を隠している。


「ミサキも見せて歩けばいいのに。せっかく可愛いんだから」

「ちょっ、やめなさい。本当に怒るわよ」


 ユウマが戯れにキャスケット帽の上から猫耳を触ると、ミサキは本気で威嚇してきた。

 ふたりが仲良くじゃれ合っているのを見て、セイジは満足そうにその場を離れる。


 それから5分後。

 攻略メンバーが揃ったところでセイジがメンバーに呼びかける。


「みんな、聞いてくれ。これから『志水山公園ダンジョン』への三次攻略を開始する。みんなも知っての通り、このダンジョンは世界初の『肥大化するダンジョン』だ。すでにダンジョンは大きく広がっていて、ほかのダンジョンまで飲み込まれている。ダンジョンの中は一次攻略、二次攻略のときとは別物と考えた方が良いだろう」


 ゴクリ、と生唾を飲む者。

 しきりに指を動かし、頭を掻き、落ち着きのない者。

 目が座ってしまっている者もいる。


 それでも、このメンバーでダンジョンに向かう以外の選択肢はない。


「これ以上、被害が広がる前に! 我々がこのダンジョンをブレイクするんだ!! いくぞ!!」


 セイジの号令が夜明けの空を駆けた。



――――――――――――――――――――

💀ダンジョン化現象黎明期

 ダンジョン化現象が始まったばかりの頃、市井の人々は警察を頼り、警察は自衛隊に頼った。

 しかし月日と共にどんどん増えていくダンジョン化現象に対して自衛隊のマンパワーは圧倒的に不足していた。

 更にダンジョン化現象へと対応で国防費は跳ね上がり、その補填を税金に求めた成否は国民から大きなバッシングを受けることとなった。

 これにより政府はダンジョン化現象への対応を民間事業者に一任することとし、更には地方自治体に『ブレイカー協会』を設立することで、個人でもダンジョンを処理できる体制づくりに注力するようになる。

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