第37呪 先輩の頼み事は呪われている💀
「ニュースはないんだが、頼みたいことがある」
「いいっすよ! 俺に出来ることならなんでも!!」
「……ユウマ、おまえなぁ。頼みごとしてる俺が言うセリフじゃねぇけど……、酔っぱらってるとはいえ、内容も聞かずに安請け合いすんのはどうかと思うぞ」
セイジはあきれた様子でユウマを
「ややっ。別にいつもこうってわけじゃないっすよ。やっと先輩に少しでも恩返し出来るチャンスなんで、内容なんかどうでもいいっつーか」
こういう義理堅いところは、ユウマの長所であり、短所だな、とセイジはしみじみ思った。
長所はもちろん信頼を積み重ねていけるところ。
短所は――メリットとデメリットの比較を一切しないところだ。
セイジはユウマの他にも面倒をみてきたブレイカーに声を掛けて回っているが、反応は決して良いとは言えない。
なにかしら理由をつけて断られたり、考えさせてくれと言ったきり連絡が取れなくなったり、そもそも頭から連絡が繋がらない者もいた。
セイジに多少の恩を感じてはいても、肥大化するダンジョンなんて得体のしれないものに飛び込むのは勘弁してくれ、というのが本音だろう。
セイジが同じ立場でも二つ返事でオーケーを出せる自信は無い。
「一応、内容も聞いておけ。もし、その上でやっぱり断るってんなら、それでも構わない。
いまテレビでもやってる『肥大化するダンジョン』は知ってるか? ああ。知ってるならいい。
あれのブレイクを受注しているのは、実はうちだ。すでに二次攻略にも失敗している。事情があって、契約を解除することも難しい」
自社都合での契約解除――破棄といった方が良いかもしれない――には巨額の違約金が発生する。
ユウマによる短期間大量ダンジョンブレイクによって多少持ち直したとはいえ、不祥事が発覚した際に出した特別損失と、失った信用によって会社が受けたダメージはまだまだ回復したとまではいえない。
今のクイックラッシャーにとって契約破棄は致命傷とである。
「だから……この『肥大化するダンジョン』の攻略に力を貸してほしい」
「いいっすよー。つか、さっきも言ったとおりセイジ先輩からの頼みを断るとかありえねぇっすから」
ユウマから秒速でオーケーの返事が戻ってきた。
さすがのセイジも、もう苦笑いしか出ない。
「それに、先輩から頼まれなくても参加するつもりだったんすよ、アレ」
「はっ!? なんで!?」
こんなリスクしかない案件に自分から飛び込むヤツがいることが信じられず、裏返るセイジの声。
「なんかうちの親父も巻き込まれてるみたいなんすよねぇ」
「ええ!? お前の親父さんって、たしか九州にいるんじゃなかったか?」
「そうなんすけど。なんか、たまたまコッチ来てて。しかもホテルニューコタニに泊まってたっつー笑えないムーブかましてくれちゃってんすよ」
「そんな……」
そんな
肥大化するダンジョンなんてわけのわからない現象が発生したと思ったら、セイジもユウマも直接的な被害者となってしまっている。
まるでなにかに呪われているようだ。
「そういうわけなんで、もはや恩返しでもなんでもなく私的な事情になっちゃいましたけど、高坂ユウマ参加しまーーっす」
酔っぱらっていることもあり、いつもより高いユウマのテンションが、やや落ち込み気味だったセイジの気持ちを持ち上げる。
「あ、先輩。ひとつだけお願いがあるんすけど、いいすか?」
「ん? なんだ?」
「現場で俺の名前を呼ばないで欲しいんすよ」
ユウマの不思議な“お願い”にセイジは首を傾げた。
ブレイカーは自身の名を売るのも仕事のうちだ。
同業者に名前が売れれば、仕事も比例して増えていく。
現場でたくさん名前を呼ばれるブレイカーは、その活躍がほかのブレイカーにも伝わるということで、むしろ積極的に名前を呼んでコミュニケーションを図る文化があるくらいだ。
「それはいいが……どうしてだ?」
「いや、だって。恥ずかしいじゃないすか」
「恥ずかしい?」
「装備が、アレで」
セイジはエリクサーを持ってきたときのセイジの格好を思い出して、電話口でブッとふき出した。
あの後、ユウマがブレイクした126件のダンジョンブレイクに関する協会への申請や、クライアントへの報告に追われてすっかり忘れていたが、確かにあの格好はヒドかった。
ダンジョン装備である以上、多少は西洋ファンタジーチックな装備となることは避けられないが、ユウマの装備は明らかに意図的にコーディネートされた『ダサいファッション』だった。
「クッククク。わかった。けどよ……じゃあ、なんて呼んだらいいんだ?」
「えー。“おい”とか、“お前”とかでいいんじゃないすか? ほかのブレイカーは名前で呼ぶんすよね?」
「いやいや、サポートで来てくれた高ランクのブレイカーに、“おい”とか“お前”とか呼んでたら、俺が常識を疑われちまうよ。……じゃあ、
「Y氏?」
「ユウマのイニシャルでY。苗字のKより身バレのリスクは減るだろ?」
「じゃあ、それで!」
ユウマは一瞬だけ間を置いたが、“Y氏”で納得したようだ。
「じゃあ、明日の集合時間と場所をメッセージで送っておくから、遅れんなよ」
「うぃっすー」
死地に向かう前とは思えないくらい、軽い返事だ。
明らかに泥酔しているユウマが明日の集合に間に合うのか、という一抹の不安を覚えつつ、セイジは残りの時間を戦力の確保に充てた。
――そして、多くの人々が不安を抱え、混乱を極めた、長い夜が明けた。
――――――――――――――――――――
💀違約金
ダンジョンブレイクは大きな金額が動くため、必然的に契約書が締結される。
その契約において、当事者の債務の不履行――受注側がやるべきことをやらない、やれないこと――を理由とする契約の解除には損害賠償の請求が認められていることが一般的である。
これは通常、契約を結んでから解除するまでの期間に発生した損害が対象となるが、『志水山公園』では地面を掘っての大規模な工事が行われていた関係で、期間中に発生した工事費用(正確にはダンジョン化現象によって工事が出来ないにも関わらず工事期間が延びることで発生する費用)が損害として計算されることになる。
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