第35呪 父は黒い霧に呪われている💀
(ホテルニューコタニ、ってなんだっけ? 最近その名前を聞いたような気がするんだけどな……)
頭の隅に引っかかっているのは母との電話。
「そがん言わんでもよかろーもん。C区のニューコタニちホテルにとまらすけん」
今日、電話で話したばかりの会話を少しづつ思い出して、ようやく答えにたどり着く。
(そうだ。親父が泊ってるホテル。C区の『ニューコタニ』だ。間違いない)
実家での父はキッチリした人で、ユウマと違ってひとりで飲み歩くようなタイプではない。
この時間ならおそらくホテルに戻ってベッドでくつろいでいる頃だ。
そして、そのホテルは今、黒い霧の中にあるらしい。
ユウマの心臓がバクバクと大きな音を立てはじめ、手足は内側からゾクゾクしてきた。
「ユウマ……。どうかした? 顔、青いよ」
「え? あ、うん。……ごめん、ちょっと電話してくる」
ミサキが不安そうに見送るなか、ユウマは店の外に出てスマートフォンを取り出した。
連絡帳から母の電話番号を探すが、指が震えてうまく操作が出来ない。
「クソッ。なんだこれ。震えるなよ、ゆびっ!」
ユウマが家を飛び出してから、父とは一度も会っていない。
どころか、手紙もメールも電話と、一切のやりとりがない。
お世辞にも良好な関係とは言えないだろう。
しかし、それは父を嫌っているというわけではない。
正確性を期すなら『まだその時ではない』だけだ。
ブレイカーとして十分な成果を収め、有名になってからであれば、むしろ真っ先に会いたいし「どうだ見たか、俺はやったぞ」と言ってやりたかった。
決してこんな別れを望んでいたわけでは無い。
ユウマが震える指でスマートフォンと格闘していると、スマートフォンの方が着信を受けて震え出した。
掛けてきたのは母だ。
ディスプレイに表示されている通話のボタンを押し、母からの電話に出る。
「ユウマ、ニュースば見たね!? こん黒かやつはどがんなっとっと!?」
(ユウマ、ニュースを見た!? この黒いやつはどういうことなの!?)
「わからん」
(わからない)
「わからんて。あんたプロやろう? そいぎん、わからんてことなかろうもん」
(わからないって。あなたプロでしょう? それなら、わからないことはないでしょう)
「わからんもんは、わからんとくさっ」
(わからないものは、わからないんだよっ)
焦る母の声と、無力な自分にイラ立ちを隠せず、ユウマは声を荒げてしまう。
「お父さんと連絡の取れんとさ……」
(お父さんと連絡が取れないのよ……)
それは、蚊の鳴くようなか細い声だった。
「あん人になんかあったら、あたいはもう生きていけん……」
(あの人に何かあったら、私はもう生きていけない……)
それはユウマもよく知っている。
ユウマが子供の時分から、父と母の間には強い繋がりがあった。
母が父のことを慕っているのは、誰の目にも明らかだったし、九州男児らしくいつも家長として偉そうにしている父が、端々で母を気遣っている姿も見てきた。
電話口からは母がすすり泣く声が聞こえてくる。
もうこれ以上、会話をするのは難しいだろう。
「そがんことは言われんでもわかっとうよ。おいがなんとかすっけん、ちかっと待っとって」
(そんなことは言われなくてもわかってるよ。俺がなんとかするから、ちょっと待ってて)
ユウマは最後に一言だけ伝えて、電話を切った。
いつの間にか指の震えは止まっていた。
自分よりも動揺している母と話したことで、逆に冷静になれたのかもしれない。
父は黒い霧に飲まれたのか、逃げることができたのか。
どちらにしても、父があの中にいる可能生が欠片ほどでもあるのなら、ユウマがやることはひとつしか無い。
「あのダンジョン、俺がブレイクしてやる」
「当然、私も連れてってくれるのよね?」
背中から声を掛けられて振り向くと、いつの間にかミサキが後ろに立っていた。
「ミサキ!? いつからそこに?」
「えっとね、『わからんとくさっ』のあたり」
「かなり最初の方じゃん! 親との電話をめっちゃ聞かれてた!! 恥ずかしい!!」
「でも、半分くらいはなに言ってるか分かんなかったし」
「なんだそれなら良かった……ってなるかぁ! 田舎者丸出しってことじゃねぇか! むしろそっちの方が恥ずかしいわ!!」
「えー? 方言で喋ってるユウマちょっと可愛かったよ」
「それ、全然褒め言葉じゃないからな」
「そういえば『おいがなんとかすっけん、ちかっと待っとって』って言ってるときのユウマはかなりイケメンだったかもしれない気がする。あれって、どういう意味?」
「…………」
「ねえ、どういう意味なの?」
「もう、勘弁してくれ。恥ずかしくて死んでしまうぅぅぅ」
酔っているときのミサキは、いつもの5倍くらい意地悪だ。
何度も「どういう意味?」と質問攻めにされている中で、再びユウマのスマートフォンに着信が入った。
「あ、はいっ!もしもし?」
逃げ場を求め、ここぞとばかりに威勢よく電話に出たユウマは、「シーーッ」というジェスチャーでようやくミサキを黙らせることに成功した。
「ユウマか? 俺だよ」
俺ってどこの俺だよ、と思いつつ一度スマートフォンを耳から離して着信表示を確認すると、電話はセイジからのものだった。
「セイジ先輩! どうしたんすか? またいいニュースと悪いニュースでも仕入れたんすか!?」
「お前、酔ってんな? いや、すまん。酔っててもおかしくない時間だったわ……。ニュースはないんだが、頼みたいことがある」
「いいっすよ! 俺に出来ることならなんでも!!」
ユウマはセイジの頼みを、内容も聞かずに承諾した。
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💀ユウマの出身地と方言
方言から分かる人には分かると思いますが、佐賀(東部)出身です。
佐賀はそれなりに広いので、地域によって多少言葉が違います。
ユウマ達が喋っているのは「佐賀方言」とも呼ばれるもので、県庁所在地である佐賀市あたりで使われる佐賀弁がベースなのですが、佐賀東部は福岡にも近いので若干混じっている感もあります。
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