第34呪 テレビ中継は呪われている💀


「え? なに? ダンジョンがなんだって? デカくなってる? なんだそりゃ。バカ言ってないで早く戻ってこい!」


 オフィスに室長の怒鳴り声が響く。


「……おいっ! どうした? 土田! 返事をしろっ!! クソッ、土田のヤツ電話を切りやがったな」


 電話の向こう側で何かあったようだ。

 セイジは、なんとか情報を収集するべくSNSで災害情報を検索した。


 そこには自分の目を疑ってしまうような情景が、画像と動画でアップロードされていた。


 志水山公園一帯を覆っていた黒い霧が、大きく膨れ上がったかと思うと破裂したかのように一気に周囲へと広がった。


 通常、ダンジョン化現象の元凶である黒い霧は、ゆっくりとそのテリトリーを広げ、一定の範囲まで広がったとことで拡大を止める。


 この時点でダンジョン化が認められ、ブレイカーによる攻略がはじまる。


 一度拡大を止めた黒い霧が、再拡大をするなんて事案は聞いたことが無い。

 しかもこれほどのスピードで。


『え? なにこれ、ヤバくない?』

『フェイク動画に騙される情弱乙』

『俺、知り合いがC区にいるんだけど……』

『あれ? ホテルニューコタニも霧にやられてんじゃん』

『黒い霧に飲まれたら即死らしいよ』

『このまま広がったら皇居も飲まれんじゃんね』

『天皇陛下、逃げてーーwwwww』


 事実から憶測までなんでもあり。

 SNSはお祭り騒ぎだ。

 

 ここまでの事態になったら、同然ニュースも臨時で中継が入っている。

 セイジがオフィスの休憩室にあるテレビの電源を入れると、案の定臨時ニュースをやっていた。


 ニュースでは、ヘルメットを被ったレポーターがヘリコプターから中継している映像が流れていた。


「こちら! 見えますでしょうか? ダンジョンの象徴ともいえる黒い霧が! 膨れては破裂し! どんどんその範囲を拡大しています!!」


 バタバタバタバタとヘリコプターのローターが風を切る音。

 その音に負けないように、とレポーターが声を張って状況を説明している。


 既に日も落ちているため、中継映像は暗くて見づらいが、レポーターの説明によると、黒い霧はすでに国立劇場も飲み込んだようだ。


「なによ、これ」

「ここって今日、うちのダンジョン攻略部がブレイクに行ってるダンジョンだよな?」


 まだ会社に残っていた社員が、休憩室にぞろぞろと集まってきた。


(もう20時になるっていうのにワーカホリックな奴らばかりだ)


 彼らは好きで残っているだけから決して当社はブラック企業ではない――などと経営企画室の人間が思っているようではダメだな、と自戒しつつ、セイジは後から来た社員がテレビを見やすいように場所を譲る。


「いや……。イヤーーーーー!!!!」


 映像を見て、ひとりの女性職員が悲鳴を上げた。


「土田くんが、土田くんが行ったところなの! C区のダンジョン。二次攻略だから楽勝だって!! さっきそう言ってたの!!」


 女性職員の交際相手なのか、意中の男なのかは分からないが、大切な人がこんな惨事に巻き込まれてしまっては、落ち着いていられなくて当然だ。


 両手で自身の髪をクシャッと掴み、床に座り込んでしまった女性社員。


 セイジはさきほどの室長の電話を思い出した。

 急に返事が戻って来なくなった、あの会話を。


 確か、室長は電話先の相手に『土田』と呼び掛けてはいなかったか?


 おそらく“土田くん”は――いや、“土田くん”を含む二次攻略部隊は、まるごと黒い霧に飲まれたのだろう。

 もちろんセイジは、そんなつまらない憶測をわざわざ彼女に伝えるつもりはない。


      💀  💀  💀  💀


 時刻は21時。

 ユウマとミサキはとっくにAmakusaを出て、いわゆる大衆居酒屋で3軒目のはしご酒を楽しんでいた。


 安くてでっかい焼き鳥を店の名物に掲げるこの居酒屋は、全体的に客層が若い。

 珍しいお酒こそ置いていないものの、種類が豊富で飲むものには困らない。


 可もなく、不可もなくといった風情の居酒屋だが、美味しい食事の味も高価なお酒の味もわからなくなっている酔っ払い共にはこれくらいがちょうど良い。


「3軒目にもなるとサワーみたいな……シュワシュワでちょっと甘めなやつが飲みたくなるんだよね。なんでだろ?」


「うーん。その気持ちはちょっとわかんない。でも梅干しサワーは嫌いじゃないわ」


 乳酸菌サワーのジョッキを持つユウマと、梅干しサワーのジョッキを持つミサキが小さな木のテーブルを挟んで向かい合わせに飲んでいる。


「はい。モモ串タレ大、お待たせしましたー!!」


 店員が持ってきた皿に乗っているのは、消しゴムくらいのサイズの鶏もも肉と、ネギが交互に刺された串。竹串の長さはユウマの前腕ほどもある。


「たしかに……デカいな」

「ふたりで1本にしてちょうど良かったわ」


 ミサキが箸を使って、串から鶏もも肉とネギを外していく。


「ちょっとタレが甘いかなぁ」

「味を求めるなら焼き鳥屋に行かなきゃダメよ」


 ユウマは、それは確かに、と頷きながらコスパ抜群のデカい鶏もも肉を頬張る。


「ところで……アレ、なんだろうね?」

「なにか面白い番組でもやってるのかしら」


 ユウマたちが見ているのは、居酒屋の角に置かれた小さなテレビに群がっている酔客たち。


 大学生か新卒社会人くらいの年齢の客が、テレビに飽きたらしく席へと戻っていく。その導線でユウマの席の横を通っていった。


「まさか、皇居までやられるとはな。ホテルニューコタニと国立劇場も飲まれたし、これは相当な数の被害者が出るぞ」

「だよな。黒い霧があんな広がり方するなんて聞いてねェよ……」


 何気ない酔客の会話に、ユウマの耳がピクリと反応した。


(ホテルニューコタニ、なんだっけ? 最近その名前を聞いたような気が……)




――――――――――――――――――――

💀志水山公園から皇居まで

 距離は直線にして1~2キロメートルくらいです。

 黒い霧は20時から21時のあいだで、この距離を襲っていますので大体、時速1~2キロメートルですね。


 一般的な大人の徒歩スピードが時速4.5キロメートルくらいと言われていますので、近づいてきていることに気づけば十分に逃げられるスピードなのですが、越えられない障害物があったり、建物の中にいて上下の移動が必要だったりすると簡単に詰みます。


 こうして多数の犠牲者を出しながら広がっていく黒い霧に対して、東京都は警戒レベル5の特別警報を発令。

 C区、S区、M区など都内の中心から一斉に人が逃げ出す事態となっているので、現場は上を下への大騒ぎとなっています。

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