三章 高坂ユウマと中二病の破壊神
第31呪 お前の眼鏡はもう呪われている💀
ユウマは再び『東京都ブレイカー協会』に呼び出されていた。
前回は2時間待たされたが、今回は受付に行くなりすぐに別の部屋に案内された。
長方形のガラステーブルを挟んで、茶色い革張りのソファーが設置された部屋はユウマにとってちょっとした威圧感を与えてくる。
壁には誰が描いたものかは分からないが高そうな額縁に入った絵画が飾ってある。
ここが良くも悪くも特別な相手を迎え入れる応接室であろうことは、社会経験に乏しいユウマでもわかる。
部屋には細身のスーツを着た眼鏡の男性がひとり。
ユウマをここまで案内してくれたパンツスーツの女性が、ユウマをソファへ座るようにうながし、本人は眼鏡の男性の隣に座った。
革張りのソファに腰を掛けるとギシィという音がした。
深く座ると身体が沈んでしまいそうで、なんとなく前傾姿勢になる。
「9日間で126件のダンジョンブレイク。しかも……おひとりで」
ユウマがはい、と返事をすると、眼鏡の男性がハァァァっと大きなため息を吐いた。
「高坂さん、でしたかね。あなた……先月までFランクでしたよね。それが飛び級でBランクになられた」
眼鏡の男性はしかも、と言葉を続ける。
「その理由は、陽光タワーの大規模ダンジョン攻略において、ダンジョンボスを単独撃破したブレイカーとして『修正申請』されたから、と」
じっとりとした視線がユウマの目に貼り付く。
ユウマに対して「おまえ怪しいぞ」という態度を隠すつもりはないらしい。
「そうらしいですね。俺が申請したわけじゃないんで、詳しくは知らないっすけど」
ユウマの回答にフンと鼻を鳴らした男は、ソファーの背もたれに全力で背中を預けて両手を組み、さらに足まで組んだ。とても偉そうだ。
「ハッキリ申し上げまして、当協会はクイックラッシャー社から提出されている高坂さんの実績について疑義を感じております」
「疑義?」
馴染みのないワードにユウマが困惑していると、男は「こんなことも知らないのか」とも言わんばかりに再びため息を吐いた。
「疑義。つまり疑っている、ということです」
(じゃあ、初めから『疑ってます』って言えばいいじゃねぇか)
「はあ。そう言われましても……事実ですし」
〔 おすし 〕
(うるせぇよ。なんでそんなに古いネットスラングに詳しいんだ、おまえは)
「事実、ですか。まあ、そう言うしかないでしょうな。高坂さんの立場としては」
(こいつめちゃくちゃ感じわりぃな)
正直、今すぐぶん殴ってやりたい気持ちに駆られるが、事前にミサキからこういうこともあると言い含められていたので、ユウマはグッとこらえた。
「それで? まさか、わざわざ、あなたを疑ってますよ、って言うために俺をここに呼びつけたわけじゃねぇよな」
手を出すのは我慢しているものの、語気はどうしても荒くなってしまう。
そのタイミングを見計らっていたかのように、これまで眼鏡の男性の隣でじっと黙って座っていたパンツスーツの女性が口を開いた。
「西間さん。もう結構です」
「いや、しかし……」
「結構です」
西間と呼ばれた眼鏡の男性は、不服そうな顔で「はい」と返事をすると、そのまま口をつぐんだ。
その様子を一瞥し、パンツスーツの女性がユウマに会釈する。
ここまで西間が偉そうにふんぞり返っているから、ユウマはてっきりこっちがお偉いさんだと思っていたのだが、この様子を見るに女性の方が上司らしい。
「申し遅れました。私は
上谷と名乗った女性がテーブルに広げたファイルには、過去の不正事件に関する記事のスクラップが閉じられていた。
不正の方法はいくつかパターンがあったが、その目的はどれも一緒だった。
ダンジョンブレイクの功績をひとりのブレイカーに集中させることで、強引にブレイカーランクを上げようとしたのだ。
Cランクのブレイカーを10人抱えている企業より、1人でもBランクのブレイカーを抱えている企業の方が依頼者から信頼される。
Aランクのブレイカーともなると抱えている企業を探す方が難しい。
不正をしてでも自社の所属ブレイカーのランクを上げたいと考える企業が後を絶たないのだそうだ。
「特に高坂さんに関しては……全てあの『クイックラッシャー社』からの申請ということですので……」
上谷の奥歯に物が挟まったような言い方から、クイックラッシャー社の信用の低さがヒシヒシと伝わってくる。
一度でも信用を失った会社が、再び信用を積み重ねるには長い月日が必要だ。
つい最近、記者会見まで開いて謝罪した会社であることを考えれば無理のない話だ。
「事情は分かりました。それで結局のところ、協会は俺に何を求めてんすか?」
「話が早くて助かります。我々としては高坂さんの実力が確認できれば問題無い、と考えています。つまり――」
「ああ、なんだ。ダンジョンをブレイクすればいいってことすか。そうならそうと、早く言ってくれればいいのに」
「それは失礼致しました。それでは係員同行でのダンジョンブレイクに同意を頂けるということでよろしいでしょうか? よろしければこちらにサインをお願いします」
上谷がファイルからペライチの同意書を取り出した。
ユウマは同意書にサラサラと署名しながら「あっ」と気づいた。
「ちなみに、同行する係員というのは……」
「はい。私と西間が伺わせていただきます」
(やっぱりアイツも来るのか)
ユウマがあからさまに肩を落とす。
その様子を西間は鼻先で笑っていた。
後日、協会から届いた封書にはダンジョンの情報がざっくりと書かれていた。
雪山ダンジョン……ユウマは自分の装備を再確認して頭を抱えた。
どう贔屓目に見ても雪山に向いている装備とは言えない。
「ねぇ、ナイドラ。ちょっと相談があるんだけど……装備を――」
〔 ダメだ 〕
「……ですよねぇ」
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💀ですしおすし
今から10年以上前、MMORPG「ファイナルファンタジーⅪ」のあるプレイヤーがきっかけで生まれたとされるネットスラングです。
もはやTwitterですら、このネットスラングを使っている人は見かけないので、いわゆる死語なのでしょうね。
(用例)
「その言葉はもう死語ですしおすし」
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