第32呪 雪山のキツネは呪われている💀


「うわぁ……マジか。ブーツでこれはキツくない?」


 協会から指定されたダンジョンに入ったユウマは秒で弱音を吐いた。



 目の前に広がっているのは一面の銀世界。

 しかも想定以上に急勾配の雪山だ。


 吹雪がすごくて前が見えない。

 片目をアイパッチで塞いでいるユウマは尚更だ。


「事前にダンジョンの情報はお渡ししましたよね?」


 協会の調査員として随伴してくれている上谷が怪訝な顔をしている。


「それは、はい。貰いました。ちょっと……事情がありまして」


 ユウマの返事を聞いて、上谷は本気で理解不能といった表情になる。


 雪山のダンジョンに来ることが分かっているのに、さしたる防寒具もなく、スノーブーツも履かず、寒さに耐えながら攻略に挑まなくてはならない事情など、彼女には想像もつかない。



「あれ? どうしました? もしかしてギブアップですか?」


 上谷の左側、少し離れたところでガッツリ防寒対策をして立っていた西間が、ニヤニヤしながらユウマを見ている。

 さっさとギブアップしろと、しっかり顔に書いてあった。


 上谷と西間のふたりは、ユウマがこのダンジョンを単独でブレイク出来るかどうかを見届けるための調査員だ。


 モンスターが出ても、彼らの身に危害が及ばない限りは原則として手を出さない。

 逆に言うと『彼らなら自分の身は自分で守れる』と協会が認めているわけだ。


 ちなみに、ミサキはポーター枠でユウマとの同行が認められている。


 ポーターは戦力では無い、というのが一般的な解釈なので、今日はサポートだけに徹してもらうことになっている――つまり回復は無しだ。



「一応言っておきますが、やり直しはないですよ。先日サインして頂いた同意書にも書いてありましたからね。……あっ、高坂さんはそういうの読まない人でしたっけ?」


 ユウマは西間の声を無視し、小声で上谷に質問した。


「上谷さん。ここで西間コイツぶっ飛ばしたら、やっぱり怒られます?」


「……そうですね。気持ちは分かりますが、彼はすぐに法的手段を取るタイプですよ」

「あー。っぽいっすねぇ。それは面倒っすわ」


 ダメ元で確認を取りつつ、ユウマは横に立っている黒髪の少女(にしか見えない三十路のレディ)に声をかけた。


「ミサキさーーん。そろそろ見えた?」


「んー。ちょっと離れたところにいるみたい」

「うわぁ。サイアクだ」


「とりあえず、あっちの方に洞穴どうけつがあるから中に入りましょ」

「さんせーい」


 ミサキが指差した方向へ、迷いなくユウマが歩いていく。

 ギュ、ギュ、と小麦粉を踏んだような感覚が靴を通して伝わってきた。


 上谷と西間も首を傾げながら着いていく。

 これはミサキが女神の力で全体マップを見られるから出来る芸当であって、普通のダンジョン攻略ではこんなに迷いなく道を進むことは出来ない。


 そのまま最短距離の直線ルートで洞穴にたどり着いたとき、上谷は手で口を押えて目を丸くしていたし、西間は口をぽかんと開けたまま固まってしまった。


「……これは、いったいどういう手品で?」

「ヒミツです」


「もしかして、なにか特別なアイテ――」

「ヒ・ミ・ツです」


 ミサキの有無を言わせぬ黙秘に、上谷がすっかり気圧されていた。


「そ、そうですか……。それは残念です」


「上谷さん、驚くのはまだこれからですよ――ミサキ、見えた?」

「ええ。バッチリよ。方角はこっち、高さはひとつ下の階層」


 ミサキからボス部屋の位置を聞いたユウマは、いつものように拳を構え、決めゼリフと同時に突き出した。


究極を超えた拳ウルトラアルティメットパンチ!!!」


 ドゴオオオオォォォォォン、と凄まじい音がダンジョンに響き渡り、洞穴の中には砂埃と破砕された岩が飛び散っていた。


 砂埃が晴れてのち、目の前に広がった光景に上谷と西間は今度こそ言葉を失った。

 西間に至っては腰を抜かして地面に尻もちをついている。いい気味だ。

 


 拳の形で楕円型にくりぬかれた洞穴の先に白い九尾の狐の姿が見えた。


 彼女たちは、事前に協会から情報を渡されているため、ここのダンジョンボスが九尾の狐であることを知っている。


 それをダンジョンに入って30分もしないうちに見つけてしまった。

 スピードもることながら、見つけ方にも驚くことしか出来なかった。


 ダンジョンを捜索するのではなく、ダンジョンを破壊してボスに辿り着くなど前代未聞だ。


 それと同時に「この方法であれば9日間で126件のダンジョンブレイクも現実味を帯びてくる」と上谷は思った。

 上谷の眼前で、パラダイムシフトが起こった瞬間である。


「終わりましたよ」


 ミサキから声を掛けられて、上谷がハッと顔を上げると、ユウマの隣に白い九尾の狐が横たわっていた。


 上谷が呆気にとられている間に、もうダンジョンボスを倒してしまったらしい。

 ダンジョンボスを倒すところを一切見ていなかった上谷は、慌てて西間に「どうだった?」と訊く。


「どうって……。あんなん反則じゃないすか。ダンジョンボスをワンパンで倒せるなんて……」


 西間が忌々しげに舌打ちをしていた。


 一方、ユウマはボスドロップで出てきた『純白のフェイスマスク』を手に取って固まっていた。


〔 これも、装備―― 〕


(あ、これって頭部装備じゃなくてアクセサリ扱いなのか)


 フェイスマスクも装備して、すっかり顔が隠れたユウマは小さくガッツポーズをした。

 顔さえ見えなければ、多少恥ずかしい格好をしていても気にならない。


 こうして、ものの30分ほどで協会が用意したダンジョンをクリアしたユウマは、その日のうちにブレイカーランクAを取得することになった。


 その一方で、都内某所ではこれまでに類を見ない凶悪なダンジョンが生まれているのだが、今のユウマはまだ知る由もない。




――――――――――――――――――――

💀パラダイムシフト

 これまで当然だと思われていた方法をぶち壊す革新的な変化のことです。


 これまでのダンジョン攻略とは、一歩一歩捜索してボスの部屋を探すものでしたので、ダンジョンを物理的に破壊してボスの部屋まで最短距離を進むユウマの手法はまさに革新的な光景でした。

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