第29呪 その霊薬は呪われている💀
ミサキが、医者から母の余命を通告されて、今日で2週間。
昨晩から母の容態は不安定になっていて、ミサキも病室に泊まり込みで母の側についていた。
いつもの静かな病室と違って、今日は看護師が頻繁に出入りしていて騒々しい。
さきほど出て行った医師はとても冷静な様子で、ミサキに淡々と病状を説明していった。
彼にとっては、患者の死など日常の出来事なのだろう。
「大変厳しい状況です。ご親族の方にも連絡を……」
「親族はいません。私だけです」
ミサキの母方の祖父母はすでに他界している。
親族はいるのかもしれないが、ミサキ自身は疎遠で連絡先など分からない。
もちろん、母を捨てて出て行った父を呼ぶつもりは毛頭ない。
「ママ……、ママ……。聞こえる? ミサキだよ」
こういうときにどんな声を掛けたらいいのか、ミサキには分からなかった。
頑張って?
母はもう十分に頑張った、戦ってきた。
今までありがとう?
まだそんな言葉を伝えられるほどには母の死を受け入れられていない。
「ママ……、死んじゃヤダよ。ねぇ、目を覚まして?」
もう何度も何度も母に伝えてきた言葉だった。
「誰か……ママを助けてよ。……ねぇ。……ュゥ――」
そのとき、ガラララ、ガン! と勢いよく病室の扉が開く音がした。
「わりぃ! 遅くなった!!」
扉の先には、ミサキがずっと待ち望んでいた
ダンジョン装備のまま、ここへ駆けつけてくれたのだろう。
以前にも増して中二病感あふれる格好のユウマは、360度どこから見ても痛いコスプレイヤーだった。
「ちょっと、静かにしてください。ここは病院ですよ!?」
「あっ、スミマセン。ほんと、ゴメンナサイ」
ユウマは病室に入るなり、看護師から怒られてペコペコと謝っている。
そんなところもユウマらしくて、ミサキは少し笑った。
「ミサキに渡すものがあるんだ」
そういってユウマが差しだしてきたのは、虹色に光る液体が入った瓶だ。
「なに? これ」
「
「それはもちろん知ってるわ。……もしかして、今までこれを探してくれてたの?」
ミサキの問いにユウマはニッと笑って答える。
(ユウマはやっぱりユウマだ。諦めが悪くて行動力がある、だけど……ちょっとツメが甘い)
「気持ちは嬉しいけど……ダンジョンアイテムは魔素が無いと効果を発揮しないわ。病室でエリクサーを使ったって……」
「そんなことは無いぞ」
いつからそこにいたのか。ミサキがユウマしか目に入らなかっただけなのか。
もうひとり、黒髪でスーツを着た
💀 💀 💀 💀
――時を遡って、ユウマがセイジの元を訪ねたときのこと。
「そういうことなら……ひとつ思い当たる節がある。いいニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」
「ははっ、いつものやつっすね。そりゃもちろん『いいニュース』からお願いします」
そう言うとセイジは満足そうに話し始めた。
「ダンジョンでモンスターがドロップするアイテムの中に、ときどき回復アイテムがあるのは知ってるか?」
「はい。軽い傷を治してくれる
セイジは頷いて話を続ける。
「最近、新しい発見というか事故みたいなことがあってな。ダンジョンから持ち帰ったポーションを間違って飲んだ奴がいたんだ。すると、そいつの擦り傷や切り傷があっという間に治ったらしい」
「え!? ダンジョンの外でも使えるんすか!?」
「そうなんだよ。だから今、ダンジョン業界では医療ビジネスへの進出が本格的に議論されている」
「なるほど……。でも、ミサキのお母さんの病気は……きっとポーションじゃ治らないと思うっす」
「そうだろうな。だが、エリクサーならどうだ?」
エリクサー……。
ユウマも名前だけは聞いたことがある回復薬の最高峰だ。
ちなみに、見たことは一度ない。
「いかなる傷も状態異常も回復してくれる
「ああ。当然だが、レジェンダリーアイテムは数億円で買えるような代物じゃない。つまりユウマ……、お前が自分で見つけるしかないってことだ」
「ダンジョンをブレイクして回ればいいんすねよ……。分かりやすくていいじゃないすか」
「やっぱり……お前変わったよ。よし、ちょっと待ってろ」
部屋を出て行ったセイジは大きなファイルを持って戻ってきた。
「うちの会社が受注しているダンジョンブレイク案件の中で納期が迫っているやつだ。ダンジョン攻略部が担当者のアサインはこれからだとか抜かしてやがったから、全部俺のとこでなんとかするって奪ってきた。……お前、これ全部回れ」
ユウマがファイルをパラパラとめくるとダンジョンの情報が書かれたA4サイズの紙が20~30枚ほど入っていた。
「これ、全部つぶしていいんすよね?」
「おお。やってやれ!」
「足りなくなったら、どうしたらいいすか?」
「たりな……ッ!? おまえ、これ28件あるんだぞ?」
「ダンジョンを28個ブレイクしたらエリクサーは出るんすかね?」
「それは……。足りないかもしれんが。……あああああ! もう、分かった。分かったよ。納期に余裕がある案件も探しておくから! その代わり、全部ブレイクしないと承知しねぇからな」
「あざーーーーーっす!!」
セイジは、無茶なことばかりいう後輩に少しあきれつつも、自分を頼ってきてくれたことが素直に嬉しかった。
「うちとの業務委託基本契約は締結してあるはず……、でも発注書は用意しておかねぇと……はぁ、今夜は残業だな」
自分にやれることが見つかって意気揚々と会議室をあとにするユウマを見送ると、セイジはこれから処理しなくてはならないタスクを思って少しだけため息が出た。
――――――――――――――――――――
💀業務委託基本契約
企業がフリーのブレイカーを使う際に交わす業務委託契約。
正社員やアルバイトのような直接雇用の契約ではなく、仕事を発注するための契約であり、ブレイカーはほかの企業の案件と並行で案件を受注できる。
また、これを結んでおくことで個別の案件については簡単な発注書と発注請書(メールも可)だけで仕事を受注できるようになる。
※あくまでクイックラッシャー社の受発注フローです。
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