第25呪 見知らぬ天井は呪われている💀


「ユウマ……。ごめんなさい、私もうっかりしていたわ」


「え? どういうこと?」


 まだ状況が掴めていないユウマに、ミサキはかみ砕いて説明した。


 まず大前提としてクラウドソーシングサービス『ブレイカーズ』はお仕事の仲介サービスだ。ダンジョンのブレイク報酬は、事前に企業から『ブレイカーズ』に入金されている。

 したがって、報酬が支払われないということは無い。

 さすがにそこは安心安全の人気サービスである。


 しかし、入金タイミングは月に2回。

 15日締め月末支払いと、月末締め次月15日支払いの2パターンしかない。


 その月の1日から15日までにブレイクしたなら月末に。

 16日から月末までにブレイクしたなら次の月の15日に口座に振り込まれることになる。


 そして今日は18日。入金されるのは来月の15日。


 ――2週間のタイムリミットには間に合わない。


「ミサキ……ごめん。俺、知らなくて」


「気にしないでっ。それに謝る必要だってない。支払い条件を見落としたのは私も同じだもの。ユウマは私のために命懸けで戦ってくれた。本当に嬉しかったわ」


 これ以上でも、以下でもない。紛れもないミサキの本心だ。


「ねぇ、ユウマ。この前行けなかったAmakusa、これから行かない?」


「Amakusa? うん、いいけど……」


 お母さんのことはいいの? とは聞かない。

 ユウマも少しはデリカシーを覚えてきたみたいだな、とミサキは微笑んだ。


 海外で手術するためにはまだ1億円以上必要だ。

 ダンジョンブレイクで一攫千金という線が消えた以上、残り10日で打てる手など考えつかない。


 ミサキは静かに覚悟した。


(もう病院の面会時間は過ぎている。今日だけ。今日だけはユウマと一緒に過ごさせて。明日からはママと最期までずっと一緒にいるから)

 

 残された時間は10日間。


      💀  💀  💀  💀


 ユウマが目を覚ますと、そこは知らない天井だった。

 頭の奥の方がグラグラと揺れていて、ずっと震度1くらいの地震が起きている地面に立っているかのようだ。


(昨日は飲みすぎたな。記憶が……思い出せない)


 ユウマは普段から頼りない脳みそを必死に回転させて、昨日のことを思い出す。


 ダンジョンをブレイクしてから……そうだ、ミサキに誘われてBar『Amakusa』に行ったんだ。

 そこで焼酎をボトルで入れて空にして、2本目はミサキのリクエストでスパークリングワインを入れて……ダメだ、そこから先の記憶がハッキリしない。


(それはそれとして、ここ……どこだ?)


 部屋はユウマの部屋より少し広めのワンルームのようだ。

 ベッドのとなりには黄色い花柄のカーテン、部屋はものが少なくスッキリしている。

 部屋の主はミニマリストというやつだろうか。


 布団の方へ目を落とすと……服を着ていない。

 下着は辛うじて履いている、いわゆるパンイチというやつだ。


(ナイドラ……俺、もしかして……)


〔 昨夜は滅茶苦茶―― 〕


(やめろ、やめろ、やめろ。分かった、分かったから。マジか……。ヤッちまったのか……)


「あ、起きてたんだ。ご飯あるけど食べれる?」


 パタパタとスリッパの音を立てて、ミサキが近づいてくる。


「…………ッ!?」


 セミロングの黒髪はアンダーテールにまとめられていて、シンプルなタオル地のスウェットに身を包んだミサキの姿にユウマは顔を赤らめた。


 全く記憶に無いとはいえ、昨晩あの子を抱いたのかと思うと否が応でも意識してしまう。


「味噌汁と目玉焼きくらいしかないけど」


(なんで、そんなに普通なんだ!? 歳上だからか? 歳上の余裕ってやつなのか!? いや、待て待て、まだそうと決まったわけじゃない。ナイドラだって「昨夜は滅茶苦茶」までしか言ってないじゃないか――俺がさえぎったからだけど。まずは本人に確認してみないと)


「……? ユウマ?」


「あー、あのー、ミサキ……さん? 昨日って俺達、その……」


 ユウマがしどろもどろに尋ねると、ミサキは顔を斜めにそむけて言った。


「ユウマ……昨日はスゴかったね」


(ヤッてるーーーーー!!! これはヤッてる反応じゃん!? マジか!! せめて覚えてろよ、俺の脳みそ!! もったいない!! え? つか、これはどうしたらいいの? やっぱり付き合うってことになるの? それとも大人の関係はスッキリ後腐れなくが正解なの? スポーツなの? 対戦ありがとうございましたなの!?)


「……ブッ」


 ユウマがテンパってあたふたしているのを見て、ミサキがふき出した。


「あははははははは! すごいテンパってる!! え? もしかしてどーてーさん? ユウマくんはチェリーボーイさんなのかな? あと少しで魔法使えちゃう感じ? それはそれで、ダンジョンブレイクには便利かもしれないね。あはははははははは!!」


 大爆笑するミサキをポカンと見つめて約3秒。

 ユウマは自分がからかわれていたことに気付いた。


「な、なんだよ。びっくりさせないでくれよ。俺はてっきり……」


「え? してないとは言ってないけど?」


「え? やっぱしたの?」


「ぶふっ。うふふふふ。さぁ、どっちでしょう? あははははははは」


 笑いのツボに入ったミサキはもう止まらない。

 落ち着いた頃にはすっかり味噌汁が冷めていたので、温め直してふたりは朝食を取った。


「ユウマ、いろいろありがとね」


「ん?」


「ほら、病院で励ましてくれたり、ダンジョンブレイク誘ってくれたり、結果はアレだったけど……すごく嬉しかった」


「諦めちゃうのか?」


「うーん。諦めるって言われるとそうなんだけど……ママとの最期の時間を大切にしようかなって思って」


 ミサキは選んだ。

 微かな可能性を追い続けて走り回るのではなく、母の最期を受け入れて共にいる時間を過ごすことを。




――――――――――――――――――――

💀15日締め月末支払いと、月末締め次月15日支払い

 下請け法に抵触しないとても良心的な支払いシステム。


 下請け法の正式名称は「下請代金支払遅延等防止法」と言います。

 お金を支払う方が立場が強いので、お金を貰う「下請け」を守るための法律です。


 下請け法の対象になる事業者とか、下請法の内容とか、色々とありますが今回重要なのは「下請け(ブレイカー)が納品(ダンジョンをブレイク)してからお金が支払われるまでの期間は60日以内」と下請け法で定められている、ということです。

 

 クラウドソーシングサービス『ブレイカーズ』なら、なんとお仕事完了から30日以内に入金されます。素晴らしい!!

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