第24呪 タイムリミットに呪われている💀


「モルスの誘い」


 ミサキがそう呟くと、迷宮貝ラビリンスシェルの心臓を囲むように光の柱が立ち上った。


 2秒

    3秒

       4秒

          5秒


 さしたる反応が見られず、やはり効果は出なかったか、とミサキがため息を吐いたとき、迷宮―ラビリンスシェルの体内―がグラグラと揺れ始めた。


「ラビリンスシェルが、苦しんでいる?」

「ミサキはそのまま続けててくれ。雑魚モンスター排除ゴミそうじは俺の役目だ。いくぞナイドラ!」


 ミサキが気付かないうちにふたりは鮮血の大虎ブラッドタイガーに囲まれていた。


 何度も言うようだが、ここにいるモンスターとラビリンスシェルは共存関係である。先ほどまでは恐れをなして逃げ出していたモンスター達も、宿主であるラビリンスシェルからエマージェンシーコールが入ったとなれば、総力を持って侵入者を排除しなくてはならない。


〔 ふん、この程度。我の敵ではないわ 〕


逝きすぎた死の体験オーバーデスエクスペリエンス


 ナイドラの殺気がブラッドタイガー達を襲う。

 身震いして動けなくなるもの、恐怖のあまり逃げ出してしまうもの、そして勇気を振り絞って耐えるもの、反応は様々だった。


 それはユウマにとって、目の前の敵を殲滅するには十分すぎる隙だった。


 ミサキの背後でパンッ、パンッと破裂音がする。 

 毎度のことながら、とても生物を殴っているとは思えない音だ。


 ――ヴオオオォォォォ!!!


 そのとき、大きな雄叫びが迷宮に響いた。

 空気がビリビリと震えているのが伝わる。


 ズン、ズン、と音を立てて近づいてくるのは、ブラッドタイガーより小さなコバルトブルーの狼だ。

 しかし、その足音は明らかにブラッドタイガーよりも重たい。


 ミサキはこの狼型モンスターを知らない。

 しかし、小さく質量が大きなモンスターは総じて危険だ。


「ユウマ、そいつは――」


 ミサキがユウマにアラートを上げる前に、狼型モンスター(便宜上、その色からコバルトウルフとする)が目にも止まらないスピードでミサキの方に飛び掛かってきた。


(宿主に危害を加えている方が優先ってことね)


 ラビリンスシェルの心臓に力を使っているミサキに、わが身を守る術はない。

 ミサキは自分に襲い掛かってくるコバルトウルフを、ただ見つめていた。


「わい、なんばしょっとか!?」

(おまえ、なにしてんだ!?)


 ユウマはコバルトウルフとミサキに間に飛び込むと、コバルトウルフが大きく開いている口に左腕を突っ込んだ。

 コバルトウルフの研ぎ澄まされた牙は、ユウマの左腕に巻かれた包帯に突き刺さることなく、無残にも砕け散った。


「おいば無視すっとはよか度胸や」

(俺を無視するとはいい度胸だ)


「うったたいてやっけんかくごせぇよ」

(ぶんなぐってやるから覚悟しろよ)


 ユウマの左腕に嚙みついたままのコバルトウルフの横っ面に、右の拳が綺麗にヒットした。

 コバルトウルフの頭は、跡形もなく吹き飛んだ。

 塵となって消えたコバルトウルフの身体の跡には、同じ色の布切れが落ちていた。


「また布っきれかよ。包帯よりはキレイみたいだけど」


 コバルトウルフを倒して気持ちが落ち着いたのか、ユウマの話し方がいつもの調子に戻っている。


 ユウマは布を拾って、その場で広げてみる。

 辺の長さが50~60センチメートルくらいの正方形サイズだ。


「バンダナかしら」


〔 それ、カッコイイな 〕


「「え?」」


 ボソリと呟いたナイドラの声が脳に響き、ユウマとミサキは思いがけず反応がハモった。


〔 頭の装備をそれに替えよう 〕


「あー。本当に? ファイナルアンサー!?」


〔 ファイナルアンサーだ 〕


 ユウマはナイドラと「ユウマの装備はナイドラが決める」という契約をしているため、この決定に逆らうことは出来ない。


 いかにも渋々といった動きで、ユウマはコバルトブルーのバンダナを頭に巻いた。


〔 やはり。我の目に狂いは無かった 〕


 ナイドラは満足そうだが、ユウマの目はすっかり死んでいる。


 レザーのオープンフィンガーグローブに加えて、腕にはボロボロの包帯を巻き、頭にはコバルトブルーのバンダナを巻いたユウマの姿は、「某電気街のオタク」というステレオタイプをその身で体現していた。


 ミサキが笑いを堪えている最中、ラビリンスシェルの心臓にも動きがあった。

 先ほどまで赤茶色のブロック模様だったはずの心臓が、黒ずんだ赤色に変わってきた。

 体内の揺れも落ち着いた。

 落ち着いたというよりも、止まり始めたという表現が正しい。


 ――数秒後。

 動きは完全に止まり、心臓は真っ黒になり、心臓部に限らず迷宮を形作っていたブロックが天井からサラサラと消えていく。

 このダンジョンのボスであるラビリンスシェルが、ついに力尽きたのだ。


 こうしてユウマとミサキは、長らく攻略ブレイクされてこなかった『田神の林美術館』のダンジョンをブレイクすることに成功したのだった。


      💀  💀  💀  💀


「え!? お金が支払われないってどういうことですか? ちゃんと分かるように説明してくださいよ」


 ダンジョンをブレイクした帰り、駅のホームでユウマが大声を出していた。


 大きめのキャスケット帽でカチューシャを隠したミサキがユウマの方を振り向くと、どうやらスマートフォンに向かって声を荒げているようだった。


 話の内容から察するに『田神の林美術館』のダンジョンのブレイク報酬について揉めているようだ。


「その『月末締め』とか『次月15日支払い』とか言われても意味が分からないんですよ。結局、お金は貰えるんですか? 貰えないんですか?」


 ユウマの会話を聞いて、ミサキは自分たちが重大なことを失念していたことに気づいた。

 ミサキはユウマの肩をポンポンと叩いて、掌を差し出す。


「ユウマ、電話替わって」


 ユウマが頷いて、スマートフォンをミサキに渡す。


「お電話替わりました。ええ、ええ、はい。あ、そうですよね。分かりました。はい、承知しました。ご説明ありがとうございました。はい、失礼します」


 ものの1分ほどで電話を終えて、ユウマにスマートフォンを返すと大きくため息を吐いた。


「ユウマ……。ごめんなさい、私もうっかりしていたわ」


 きょとんとしているユウマの顔を見て、自分がこれから話さなくてはならない内容を反芻したミサキは気が重くなった。


――――――――――――――――――――

💀ファイナルアンサー

 2000年代の大人気番組「クイズ$ミリオネア」の人気フレーズですね。

 まさに当時の流行語で、チャンスあればすぐに「ファイナルアンサー!?」って言っていた気がします。

 「ファイナルアンサー」って答えてから、「正解」ってなるまでの時間がめちゃくちゃ長いんですよね。司会のさんの名前を取って「みの溜め」とか呼ばれてました。




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