第23呪 この迷宮は呪われている💀


「さて、あとはボスを倒すだけだな。つっても、この迷宮からボスの部屋を探すのは面倒だよなぁ。いっそ迷宮の壁を全部ぶち壊しちゃおうか」


 と、ユウマが言ったとき、ミサキの脳裏にはこの迷宮を含むダンジョンの全体マップが鮮明に映し出されていた。


 戦略シミュレーションゲームのブリーフィングで出てくるような立体的な地図だ。

 さらには、敵の位置、罠の場所、宝箱のある場所まで、ダンジョンに関する情報なら何でも手に取るように分かる。

 ここまでくると攻略本を片手にダンジョンを散歩しているようなものだ。

 しかも情報がリアルタイムに更新されるオマケつき。

 この迷宮に関して言えば、ユウマがぶち壊した壁もマップにしっかり反映されていた。

 そして、肝心のボスは……。 


 ユウマの暴挙を止めたミサキは、目的地へと先導する。


(これもあなたの、女神の能力ちからなの?)


〔 うむ。これは『メティスの叡智えいち』という 〕


(メティスはギリシア神話の女神よね。エイルは北欧神話の女神だし……。あなたはいろんな女神の能力が使えるってこと?)


〔 わらわは女神という概念じゃからな 〕


(概念か……なるほど)


 そもそも人が神だの女神だのと崇めているものは、全て人間が生み出したものだ。

 そしてこの女神は人が生み出した『女神という概念』そのものだという。

 しかしそうなってくると、ひとつ引っ掛かるセリフがある。


(あれ? じゃあ『美』の女神ってどういうこと?)


 契約するとき、彼女は確かに『わらわは美の女神』と言った。

 女神という概念に『美の』とか『戦の』とか『酩酊の』とか付くのは違和感が強い。

 だが、女神はさも当然のように言い放った。


〔 かわいいは正義じゃからな 〕


(ちょっと。『美』はどこにいったのよ)


〔 かわいいは美の最上級じゃろう? 〕


(それは……。うーーん、どうかしら)


 ずいぶんと偏った考えをお持ちの女神様だった。


(あっ、ということはもしかして、この猫耳って)


 先ほどからミサキが抱えていた「なぜ女神なのに猫耳カチューシャなのか」という疑問に、ついに答えが出た瞬間だった。


〔 猫はかわいいの最上級じゃろう? 〕


(くぅ! 分かってしまう自分がかなしい……ッ!!)


 ミサキも偏った価値観を持った猫派だったというオチがついたところで、目的地の前に辿り着いた。


「ここにボスがいるの? 見た感じただの壁っていうか……そもそも入り口が見当たらないんだけど」


「ボスがいるっているか……。これがボスの心臓みたいなのよ」


「心臓……ってことはもしかして」


 やや怯えた様子で周囲を見渡しているユウマは、もう正解に辿り着いている。


「このってことになるわね」


 迷宮ラビリンス型モンスター。

 ミサキも噂では聞いたことがあったが、実際にお目にかかるのは今回が初めてだ。


 知らなかったとはいえ、今までモンスターの体内を歩き回っていた、正確には今もモンスターの体内にいると思うと、背筋がゾッとするのはミサキも同じだ。


 モンスターの心臓。

 とは言うものの、見た目は他の壁と変わらない赤茶色のブロックだ。

 四方を囲んでいるため、大きな四角柱のように見える。


「うわっ」


 興味本位で壁に手を伸ばしたユウマが、驚いた様子で一歩後ろに飛び退いた。


「ユウマ! どうしたの!?」


「なんかグニッてした!!」


「わっ! ほんとだ!!」


 ユウマに言うとおり、心臓の壁はグニグニとやや固めのゴムのような弾性をもっていた。掌に伝わってくる温度も、他の壁と比べるとちょっと生温かい気がする。


「なんか……ナマモノって感じよね」


「ちょっと殴ってみていい?」


 グローブを構えるユウマに、ミサキはどうぞ、とジェスチャーで促す。


「せえぇのっ」


 ユウマの拳はボスッという音と共に、少しだけ壁に埋まり、そのまま弾かれた。


〔 なにを遊んでおるのじゃ? 〕


〔 メティスの叡智ならモンスターの情報が見えるじゃろうに 〕


(なんですって!?)


 女神からの指摘を受けて、ミサキは改めてモンスターの心臓に意識を集中させた。するとミサキの視界に、モンスターの情報がデータブックのように表示された。


――――――――――

 ◆ 迷宮貝ラビリンスシェル

 超大型モンスターで体内が迷宮になっている。

 迷宮の中には小型~中型のモンスターが生息していて、体内に迷い込んだ生物を捕食している。

 ラビリンスシェルはその死骸を分解、吸収する共存関係。

 体内迷宮のどこかにある心臓を止めることで倒せるが、心臓は物理ダメージを無効化する。

――――――――――


 ミサキは、AR技術が発達した世界ってこんな感じかしら、などと思いながらラビリンスシェルの情報をユウマに伝えた。


 さらりと書かれているが【物理無効】はブレイカーにとって少々厄介なパッシブスキルだ。元素属性を持っている武器は希少級レアクラス以上となるため、入手ハードルが少々高い。

 陽光タワーでセイジがボス戦で使用していた電撃を飛ばすレイピアなどがこれにあたる。


「物理無効かぁ、そうなると天を滅ぼす息吹ヘブンスデストロイブレスしかないんだけど――」


「あれは遠慮したいわ」


 邪龍の息吹であるヘブンスデストロイブレスは、偉大なる王のミイラマミー・オブ・ザ・グレイトキングを遠距離から倒した高威力、高火力のドラゴンブレスだ。

 あんなものをこの狭い通路で使ったら、ほぼ間違いなくミサキ達も焼け死んでしまう。


(ねぇ、女神様。モルスの力も使える?)


 モルスはローマ神話における死の女神だ。

 ローマ神話がギリシア神話の影響を受ける中で、男神であるタナトスと同一視されるようになったマイナー神である。


〔 もちろん使える。だが成功する保証はないぞ 〕


(まあ、やってみましょう)


 ゲームなどでも即死効果のある技や魔法は、成功率が低く設定されている。

 マイナーな神であるモルスの力も、普通のモンスターが相手だったらほとんど成功しないのかもしれない。


(だけど、むき出しになっている心臓に直接力を使ったら?)


「ユウマ、ちょっと試してみたいんだけど……いい?」


 今度はユウマがどうぞ、とジェスチャーで促した。


 ミサキは一呼吸置いて、心臓に触れると「モルスのいざない」と呟いた。




――――――――――――――――――――

💀迷宮貝ラビリンスシェル

 テキスト量の問題で『メティスの叡智』では表示されませんでしたが、こいつが黒幕です。迷宮貝ラビリンスシェルはダンジョンを進む侵入者の情報を事前に収集しています。

 迷宮貝ラビリンスシェルと体内に生息するモンスターは共存関係のため、体内に侵入してきたブレイカー達の情報をモンスター同士のテレパシー的なもので共有しています。

 変装する悪魔ディスガイズデビルにミサキの情報を伝達していたのはもちろん、ミサキが逃げ場のない部屋へと追い込まれたのも、2頭の鮮血の大虎ブラッドタイガーに位置情報を伝達していたからです。つまり意図的に追い込まれています。


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