第22呪 カチューシャも呪われている💀


「わりぃ、遅くなった」


 そう言って倒れこんだユウマの背中は、血で真っ赤に染まっていた。

 

「……ユウ、マ? この背中、どうしたの?」


 ユウマの背中にある赤い染みは、徐々に大きくなっていく。


「まだ出血してる。なんとかしないと」


 ユウマの着ていたレザーライトアーマーを脱がせたミサキは、その刺し傷の深さに言葉を失った。


(これは、腹部内臓からの出血!? こんなの――)


 ミサキは頭の中に浮かんだ「もう助からない」という言葉を必死で振り払い、外傷用の応急手当をする。


「ユウマ、ユウマ! 聞こえる? しっかりして!」


 必死でユウマに声を掛けるが反応が無い。

 失血が多すぎて意識を失ってしまったらしい。

 ミサキの頭に「死」が横切る。


「ダメ、ダメよ。死んじゃダメ。私はまだ君に何も返せてないんだから」


 もう何度、彼に命を救われたか分からない。

 このダンジョンだって、ミサキの母を救うために彼が取ってきた仕事だ。


 血が失われたユウマの顔が、どんどん青白くなっていく。


 ユウマの様子を見ていることしか出来ず、ミサキの頭は勝手に最悪の未来を想像しはじめる。

 ミサキの両目からポロポロとこぼれてくる涙がユウマの顔へと落ち、その頬を濡らした。


「ダメ……。イヤよ。誰か……誰でもいい、ユウマを助けて!」


〔 た……け……し……か? 〕


 どこかから女性の声が聞こえた。

 とても澄んでいて耳心地が良い声だ。

 女性の問いに、ミサキは訝しげに答え、問い返した。


「たけし? 私はミサキ。あなたは……誰?」


〔 たすけがほしいか? 〕


〔 その男を助けたいのじゃろう? 〕


 声はミサキの頭に直接響いていた。

 何も知らなければ、突然の出来事に気が動転していたかもしれない。

 だが、ミサキは知っていた。


 頭に直接語り掛けてくる呪われた存在を。


「助けてくれるの?」

 

〔 わらわと契約するなら、な 〕


「するわ! 契約する! あなたの力を私に貸して!!」


 普段のミサキならば契約の条件を詰めて、数日は契約の是非を検討しただろう。

 場合によっては条件の交渉もしていたかもしれない。

 だが、今の彼女には時間が無かった。

 

 1分でも、1秒でも早くユウマを助けなくてはならないのだから。


〔 妾は美の女神。ここに契約は成立した 〕


 突如、ミサキの目の前に『白くまばゆい光』のようなものが現れ、頭の上で円を描いた。

 それは、さながらエンジェルリングのようだった。


〔 『エイルの慈悲』 〕


 女神の声と同時に、頭上の光が大きくなった。


「エイル……、『最良の医者』とも呼ばれるアース親族の女神……」


 ユウマの身体が光に包まれた。

 みるみるうちに、顔に赤みが差してきた。


「ユウマ! ユウマ!! しっかりして!!」


 再びミサキがユウマに声を掛けると、今度は反応があった。

 ユウマの意識が回復している。


「……ん? ミサキ? 俺、生きてる?」


「ユウマ! ぐすっ、ユウマー!! 良かった。目を覚ました。よ゙がっ゙だあ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙」


「また泣いてんのかよ。……ミサキって実は泣き虫だよな」


 上半身を起こしたユウマが、ミサキの顔を見つめる。

 ミサキもユウマの目を見つめ、視線が絡み合う。


 ここには、ユウマとミサキのふたりしかいない。

 見つめ合ったまま、沈黙の時間が続く。

 ミサキは自分の鼓動が少し早くなっていることに気づいて、頬をピンクに染めた。


〔 このあと無茶苦茶―― 〕


〔 今いいトコロなのじゃ、ジャマするでないわ 〕


 ミサキの頭の中に、低音のイケボと女神の声が響いた。

 これがユウマに取り憑いているナイドラの声なのだとすぐに分かった。


 おそらく女神の声が聞こえたであろうユウマが、目を丸くして言った。


「ミサキ……もしかしてミサキも?」


 その言葉にミサキは、ペロッと小さく舌を出して静かに頷いた。


「呪われちゃった」


 そういえば頭の上で円を描いていた光はどうなったのか、という疑問が湧いたミサキが、頭上を見上げてみるも既に光は無くなっていた。


 頭の上を触ってみると、フワフワした手触りのなにかがある。


「ねぇ、ユウマ。私の頭になにかついてる?」


「……うん。……かわいいよ」


 ミサキの頭部をちらりと見たユウマは、そう言ったきり横を向いてプルプルと震えている。


 慌てて手鏡を取り出して確認すると、ミサキの頭にはフワフワと毛足の長い猫耳カチューシャが、存在感たっぷりに鎮座していた。


 きっとダメだろうな、とは思いつつ、ミサキは念の為にカチューシャを外してみようと努力する。


『 デロデロデロデロデーデン♬

  めがみのカチューシャには のろいが 

  かけられていた!

  ※このそうびは はずせない 』


 レトロゲームの電子音を彷彿とさせるBGMと、機械的なメッセージボイスが頭の中に流れてきて、ミサキは思わず吹き出してしまった。


「ふふっ。本当に外れないのね。ふふっ、あははははは。なんでだろ。笑えてきちゃった。あははははははは」


 ユウマを助けることができて安心したからか、

 女神のカチューシャなのになぜか猫耳だったからか、

 呪いのBGMが想像していたよりチープだったからか、

 もしくは、その全てが一度にきたからか、

 ミサキの緊張の糸はプツンと切れて、笑いが止まらなくなった。


 ユウマは壊れたように爆笑しているミサキを心配そうに見守り、たまに呼吸が苦しくなっている背中をさすってくれた。


 5分ほど経って、ミサキはようやく落ち着いてきた。



「さて、あとはボスを倒すだけだな。つっても、この迷宮からボスの部屋を探すのは面倒だよなぁ。いっそ迷宮の壁を全部ぶち壊しちゃおうか」


「そんなことしなくても大丈夫よ」


 攻撃力9999という生粋のバランスブレイカーらしいチート発言を諌めると、ミサキは迷うこと無く迷宮を歩きだした。

 まるで目的地であるボスの部屋への道順が、すべて見えているかのようだった。

 



――――――――――――――――――――

💀外傷用の応急手当

 ポーターは簡単な応急手当が出来るように研修を受けています。

 彼らの持つバックパックには応急手当用の救急セットが常備されていますが、あくまで応急手当のレベルなので、重症患者を助けることは出来ません。


 今回は『女神のカチューシャ』というバランスブレイカーによってユウマは一命を取り留めましたが、治癒の能力を持ったダンジョンアイテムは非常に希少で、しかも使い切りアイテムであることがほとんどです。

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