第18呪 君の瞳に呪われている💀


「まだ……あと2週間ある」


「え?」


「あと2週間、やれることをやろう。俺も協力する」


 突然の提案にミサキは戸惑いを隠せなかった。

 これはミサキの問題だ。ユウマが協力する理由なんてどこにもない。

 貸し借りの話なら、これまでずっとミサキが借りを作ってばかりだ。


 あわてて「なんで、ユウマが」と言うミサキに、ユウマは少し困った顔で答えた。


「コンビだから……じゃ、ダメかな?」


 格好をつけているわけでもなく、下心があるわけでもなく、ただミサキを助けたいと思っている真っ直ぐな瞳。


 ミサキは必要以上に若く見える外見のせいで、知らない男から「荷物重そうだね、持ってあげようか」などと、くだらないナンパをされることが少なくない。

 そんなときの男の目は、例外なくいやらしく濁っていた。

 こんなに純粋な目で「協力する」と言われたのは、少なくともここ10年くらいの記憶には無い。


 母が危険な状態だというのに、自分の顔が熱くなっていることに気づいて、ミサキは斜め下に顔をそむけた。


 いつの間にか早くなっている鼓動と、動揺してしまった心を落ち着かせようと、ミサキは缶コーヒーのプルタブに指を掛けるが、プルプルと震えてしまって上手く開けられない。


「はい、これ。まだ口つけてないから安心して」


「あ、ありがとう」


 ミサキは、ユウマが差しだしてくれた缶コーヒーと、自分の缶コーヒーを交換して口をつける。いつも飲んでいる微糖のコーヒーのはずなのに、なぜか甘さを全く感じられなかった――そもそもコーヒーの味だったのかどうかも、よく分からなかった。


 甘酸っぱい雰囲気に反応して、邪龍ナイドラがユウマの脳内に語り掛ける。


〔 このあと滅茶苦茶―― 〕


「空気を読め」


〔 ぐぅ 〕


 声は聞こえないが、おそらくナイドラが余計なことを言ってユウマにさとされたのであろうことを察して、ミサキがクスリと笑った。


 残された時間は14日間。


      💀  💀  💀  💀


 ――次の日。


 ミサキのスマートフォンに、ユウマからメッセージが届いた。


〘このブレイク案件を受けよう〙


〘https://www.breakers.jp/××××××××××〙


 送られてきたURLは日本で一番有名な、ダンジョンブレイク専用のクラウドソーシングサービス『ブレイカーズ』のものだ。

 ミサキはリンク先に飛んで、やっぱり、とため息を吐いた。


  M市 田神の林美術館

  成功報酬のみ 15


 ブレイカーズに限らず、クラウドソーシングサービスに出されている仕事は「急ぎではないけど、会社としての体面もあるし一応ブレイクしておきたい」くらいの温度感であり、成功報酬も低めである。

 そのため、高くても1千万円に届かないものがほとんどだ。


 そんな中で極まれに億を超える成功報酬が設定されている案件が出てくることがある。いわゆる訳アリというやつだ。


 訳アリといっても幽霊が出るとかって話ではない。

 ただ、ダンジョンブレイク企業が仕事を引き受けてくれないのだ。


 引き受けて貰えない理由は案件によって様々だが……、この『田神の林美術館』は1年前に国内トップクラスのダンジョンブレイク企業が受注してブレイクに失敗したというニュースが発表されており、都内の関係者ならほとんどが知ってしまっている。


 成功報酬が1億や2億といった案件は、国内トップクラスのダンジョンブレイク企業ともなれば他にいくらでもアテがある。

 わざわざ、いわく付きの危険なダンジョンを引き受けるのは腰が引ける、というわけだ。


 もちろん、中小のダンジョンブレイク企業が成功報酬に目がくらんで受注することはある。だが、ここまで残っているということはブレイク失敗が続いているのだと考えるのが妥当だ。


 美術館の運営会社も苦肉の策でブレイカーズに登録したのだろうが、案件が登録されてからすでに半年が経過してしまっている事実が、この案件の危険度をものがたっている。


〘だめよ。危なすぎるわ〙


 ミサキはユウマにメッセージを返し、再びため息を吐いた。

 ユウマの気持ちは嬉しいが、自分の母のためにユウマを必要以上に危険な目に遭わせるわけにはいかない。


 ブゥゥン、ブゥゥンとミサキのスマートフォンが鳴り、ユウマからメッセージが届いた。


〘もう受けちゃった (・ω<)テヘペロ〙


「はあああぁぁぁぁ!!??」


 ミサキは柄にもなく大声を出してしまう。


 これは…………。

 この感情は…………。

 驚きではなく、怒りだ。


 ミサキはメッセージアプリの下部にある通話ボタンを押した。

 テロリン……テロリン……テロリン……プッ


「あ、ミサキ?」


 自分がどれだけ大変なことをやらかしたのか全く分かっていない、ユウマの間の抜けた声にミサキの怒りのボルテージは急上昇していた。


「君ねぇ! 自分が何やったか分かってんの!?」


「なにを怒ってんだよ。いい仕事見つけるだろ、俺?」


「いい仕事なわけないじゃない! あんなの超ブラックで! 超リスキーで!! ブレイク成功確率なんて雀の涙くらいしかないゴミ案件よ、ゴミ案件!!!」


「あはは、ゴミ案件ってひどいな。でも……成功すればお母さんを助けられる」


 ユウマの優しい声が、今はミサキの胸を締め付ける。


「それは……ッ。そうだけど! ユウマ、自分が死んじゃうかもしれないんだよ!? ただの仕事仲間の、母親なんかのために!!」


「命を天秤に掛けてでも得たいものがあるのでなければ、ダンジョンに潜るのは辞めた方がいい」


「それは……!?」


 それはミサキとユウマが初めてAmakusaで会った日に、彼女が言った言葉だ。


「俺は命を天秤に掛けてでも、ミサキを助けたいって思ってるんだけど?」


「どう……して……?」


 もう「コンビだから」では誤魔化されない。そんな理由でミサキは納得できない。


「……今の俺があるのは、ミサキのおかげだから」


 ユウマはちょっと照れくさそうに、頭の後ろの方を搔きながらボソッとそう言った。




――――――――――――――――――――

💀M市 『田神の林美術館』

 こちらの元ネタは三鷹市の例の美術館です。


 三鷹の森美術館

   ↓

 みたかの森美術館

   ↓

 たかみの森美術館

   ↓

 田神の森美術館

   ↓

 田神の林美術館


 という変遷をたどっておりますが、ファンタジー作品ですので当然「この物語はフィクションであり、実在の人物や団体などとは関係ありません」

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