第17呪 私の人生は呪われている💀


 ミサキの両親が離婚したのは、彼女が8つのときだった。

 それ以来、ミサキは母と二人三脚で精いっぱい生きてきた。


 母に心配かけないように一生懸命勉強して、大学は奨学金で四年制の大学に通った。

 卒業後は一部上場のマーケティングリサーチの会社に入社して、やっと母を安心させられる、そう思った頃だった――彼女の母が病に倒れたのは。


 その日は仕事で重要なプレゼンテーションが控えていて、ミサキは忙しかった。

 だから、スマートフォンに母から着信があることには気づいていたが、自らの意志でそれを無視した。

 それが取り返しのつかない後悔になるなんて、そのときは想像もしなかった。


 プレゼンテーションは上々の結果に終わり、夜の9時頃になってやっと家に帰ったミサキがスマートフォンの着信履歴を確認すると、母からの着信の他に、見知らぬ番号から6件の着信が入っていた。

 嫌な汗がミサキの背中に流れる。


 ミサキはすぐに母の携帯に折り返した。

 1回目のコール……2回目のコール……5回目のコール……。

 一向に出る気配が無い。


(大丈夫。もう夜の9時を過ぎているんだもの、きっと寝ちゃったんだわ)


 そう自分に言い聞かせて、ミサキはもう一つの見知らぬ番号に電話を掛けた。

 留守番電話サービスを使用していれば、もっと早く状況が分かったのだろうが、使用していないのだから仕方がない。


 1回目のコール……2回目のコール……ガチャッ。

 こっちの番号はすぐに繋がった。


「はい。K大学付属病院です」


 背筋をゾワゾワッと走る嫌な感覚。

 心臓を鷲掴みにされているような不安感。


「あ、あのっ。そちらから携帯にお電話頂いてましてっ」


「かしこまりました。お名前を伺っても良いでしょうか?」


 ミサキが名乗ると、電話の相手からすぐに病院に来て欲しいと言われた。

 心臓がドキドキしていて「はい」とうまく返事が出来なかった。


 ミサキが病院に駆けつけたとき、母はICU(集中治療室)に入っていた。

 人工呼吸器と、いくつもの管を身体をつけて眠っている母の姿を見たミサキは、その場で膝から崩れ落ちた。


「お母さまは倒れられてから発見されるまでにかなり時間が経っていたようで、病院に運ばれたときにはもう意識は無く……」


 病院では、先生がミサキに母の病状を説明してくれたが、ミサキはここから先の説明をほとんど覚えていない。


(私が……ママからの電話に出なかったからだ)


 仕事を優先した結果、ミサキは母からのSOSの電話に出られなかった――違う、

 もし、あのとき電話を取っていて、すぐに母の元へ救急車を呼べていれば、今頃はベッドで母と笑い合っていたのかもしれない。

 残酷な事実を突きつけられたミサキは、ただただ自分を責めた。


「このままですと、お母さまの意識が回復する見込みはありません。手術をすれば可能性はありますが、非常に珍しい症例のため当院では……いや、日本でもおそらく執刀経験がある医師はおりません」


 数日後、主治医の先生がミサキに告げたのは端的に言うと『お手上げ』という事実だった。


 ミサキは母を救う手立てを必死になって探した。

 そうして見つけたのが、海外の名医だった。


 しかし同時に、保険の効かない海外での手術は莫大なお金が必要だと言うことが分かった。

 いまの会社に勤めていては、一生かかっても稼げないほど莫大な。


 ミサキは悩まなかった。

 すぐに会社に退職願を出し、自分でも出来る仕事の中で一番儲かる職業を探した。

 そうして彼女は命懸けでお金を稼ぐポーターになった。


      💀  💀  💀  💀


「ママ……しっかりしてよ、ママ」


 病院の個室で眠る母の手を握り、ミサキは母の快復を願う。

 ユウマは部屋の隅で、その様子をじっと見ている。

 余人よじんが立ち入れない空間がそこにはあった。


 どれくらいの時間そのままでいたのだろうか。

 すでに夕陽は沈み、お見舞いで病院にいられる時間はもう残り少ない。


 ミサキはおもむろに立ち上がり、ユウマに「ちょっと来て」と声を掛けて部屋の外へと連れ出した。

 病院の各階にある談話スペースへ移動すると、ミサキが自動販売機で缶コーヒーを買ってユウマに手渡す。


「ついてきてくれて……ありがろ」


「構わないけど、大事なところ噛んだな」


「うん、噛んだ」


 普段のふたりなら、こんな軽口から会話が始まるのだが、今日は空気が違う。

 ミサキがすぅっと息を吸い、話しはじめる。


「おしゃべりなマスターからどこまで聞いているか知らないけど……私のママはもう5年以上こんな感じなの」


 ミサキの言葉にユウマはただ、うん、と相槌を打つ。


「手術のお金はもう半分くらい貯まったわ。今の私だったら、あと1年もあればなんとかなる。やっとママを助けられるって、そう思ってた」


 もう他の患者のお見舞いに来た人たちは帰ったようで、ミサキの声と、ブーンという機械の音だけが部屋に響いている。


「持ってあと2週間、そう……言われたわ」


 ミサキが冷静に話そうとすればするほど、声が震えてしまう。


 何も言わないユウマの様子を見て、ミサキはどうして彼にこんな話をしてしまったのか、と反省した。


「急にこんなこと言われても困るわよね。ごめん」


 そう言って笑ったミサキの顔には、いくつもの涙のあとがハッキリを残っていた。

 ミサキは涙を隠そうと、小さく肩を震わせてうつむく。

 さっき買った缶コーヒーは、まだブルタブに触れていない。


「まだ……あと2週間ある」


「え?」


 ユウマの言葉にミサキが顔を上げると、彼の切れ長な目がミサキの瞳をじっと見つめていた。




――――――――――――――――――――

💀ミサキの母親の病気

 専門知識が無いため具体的な病名でハマるものを見つけられませんでした。

 そんな病気はねぇよ、ってことならやはりファンタジーってことで、ひとつよろしくお願いいたします。


 必要なお金はだいたい2~3億円くらいで考えてます。

 ユウマとミサキは最低でもあと1億円くらいは稼がないといけないですね……2週間で。


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