二章 山縣ミサキと女神のカチューシャ

第16呪 お役所は呪われている💀


『 デロデロデロデロデーデン♬

  めがみのカチューシャには のろいが 

  かけられていた!

  ※このそうびは はずせない 』


 ミサキもついに呪われてしまった。

 しかしミサキに後悔はない。

 ユウマを助けるために呪われるのなら本望だ。


      💀  💀  💀  💀


 きっかけは数日前に遡る。

 

 ユウマとミサキは、かれこれ2時間は待たされていた。

 オフィスに直結した窓口カウンターと、カウンターの上に表示されている数字。

 ポーン、という呼び出し音と共に5番の窓口カウンターに34と番号が表示された。


「ユウマ、あなたの番じゃない?」


「え? あ、本当だ。永遠に呼ばれないかと思った」



 ここは都庁にある『東京都ブレイカー協会』だ。 東京都内でブレイカーとして働くときに登録の申請をしたり、実績に応じたランク認定をしている都営団体で、簡単に言うとお役所である。


 ちなみに、放置ダンジョンのブレイク申請や、ブレイクしたダンジョンに関する報告書の提出は市区町村などの各自治体となっている。


「はい、ブレイカーの高坂ユウマさんですね。ご用件は?」


「これが届きました」


 恰幅の良い中年男性の係員に促され、ユウマが窓口に出したのは、東京都ブレイカー協会から届いた封筒だ。

 中には『ブレイカーランクに関する重要なお知らせ』と記載された紙が入っている。


 ちなみにお知らせの詳細は一切書かれておらず、ただ『東京都ブレイカー協会へお越しください』とだけ書かれている。


「なるほど。ちょっと確認させて頂きますね」


 オジサン係員はチラリと一瞬だけ、ユウマの痛々しい中二病感満載のグローブに目をやったが、その後は手元のパソコンをカタカタと打ち込み、1枚の紙を印刷してユウマに渡してきた。


「おめでとうございます。Bランクに昇格となります」


「……ん? B? EではなくBですか?」


「そうですね。Bランクです」


 ユウマのこれまでのランクはFランクだ。

 ブレイカーのランクは高ランクと呼ばれるS、A、B、C、そして低ランクと呼ばれるD、E、F、Gの8段階で構成されている。

 つまりFランクは下から2番目ということだ。

 それが一気に上から3番目まで上がった。


 今までが低すぎるだろう、という話はさておき、4ランクUPしたことになる。どう考えても大躍進に違いない。

 それを係員は、特におめでたそうでもなく淡々と事実だけを告げるのだ。


 もう少しお祝いしてくれても良いのに、とユウマは少し寂しくなった。

 さながら、大安吉日に婚姻届を提出した新婚夫婦のような表情である。


「昇格理由などはそちらの紙に記載されておりますが、ご不明な点がありましたら2階の『お客様相談室』にご相談ください。本日は……4時間待ちとなっております」


 係員が「早く次の人を呼びたいからさっさと行ってくれ」という顔をしていたので、ユウマ達はさっさとその場を離れた。


 渡された紙には色々と細かなことが書かれていたが、昇格理由の項目には『大規模ダンジョンにおいてボス「ノワールサイクロプス」を単独で討伐した』と書かれていた。


「きっと、クイックラッシャーが正しい情報で申請し直したのね」


 ユウマ達が死にかけた陽光タワーの大規模ダンジョン。

 そのボスであるノワールサイクロプスを倒したユウマの存在は、自社の信頼が落ちることを懸念したクイックラッシャーによって隠蔽されていた。


 しかし前社長である遊佐セイイチロウが倒れ、新社長が隠蔽の事実を自ら公開したことで、遅まきながら「ノワールサイクロプス討伐」の戦果がユウマの実績に紐づいたということらしい。


 事件から1ヵ月以上経ってランクアップの連絡が届くあたり、都と各自治体の間での縦割り行政の弊害が出ている。


「それはそうと……Bランクになると、なにが変わるの?」


 ユウマは先ほどの紙を裏まで読んだが、特にBランクになることでのメリットなどは書かれていなかった。

 一方、あまりにも抜けた質問をされたミサキは、これみよがしに大きくため息を吐いた。


「はあぁぁぁぁ。ユウマったら本気で言ってるの? むしろ、それも知らずになにをモチベーションにランクを上げたいなんて言ってたの?」


「ランクは高い方が格好イイかなって」


〔 高ランクは格好イイな 〕


 邪龍ナイドラもユウマの回答に大きく頷く。

 頷く、とはいっても姿は見えていないし、ユウマ以外には声も聞こえないのだが。



「あきれた……。私、今ほどユウマとコンビを組んだことを後悔した瞬間は無いわ。Bランク、というよりランクが上がることで得られるものはよ」


「信頼……信頼それを得るとどうなるの?」


「一言でいうと、これまでより圧倒的に仕事が取りやすくなるわ。企業から直接オファーが来ることだってある。そのあたりは私たちの知名度と営業力次第だけど」


 このあたりで、やっとユウマの理解も追いついてきた。

 


「つまり……」


「「稼げない放置ダンジョン巡りから解放される!!」」


「「やったああぁぁ!!」」


 ユウマとミサキは周りの目を気にすることなく、飛び上がってハイタッチをし、喜びを全身で表現していた。


 ユウマとミサキがコンビを組んでからここまで、正直に言って楽な生活ではなかった。

 厳密にはミサキは母の治療費のために個人でポーターの仕事を受けながら、空いた時間にユウマのダンジョン巡りに付き合っていたので極貧生活というわけではなかったが、大した稼ぎにもならない放置ダンジョンをブレイクして回るのは強制ボランティアのようなものだ。


「今日は……今日くらいは、贅沢したっていいよね!?」


「それはユウマが決めることだけど……Amakusaなら付き合うわよ。あ、ちょっと待って。電話だわ」


 2人が出会ったBar『Amakusa』に行くのも、ユウマは節約のために我慢してきた。

 それくらい、セイジの『クイックラッシャー』案件が無くなったことは、ユウマの懐に大きな打撃を与えていた。

 例の1億円、やっぱり受け取っておけば良かったかな、という考えが頭をよぎらなかった日は無い。


「ごめんなさい。Amakusaはまた今度にさせて」


 電話を終えたミサキが静かにそう言った。

 その深刻な顔が、さきほどの電話の重要性を伝えていた。

 そして彼女を電話ひとつでこんな顔にさせられる人は、世界にひとりしかいない。


「お母さんになにかあったの?」


「びょ、病院の、先生が。電話で……ママの……ママの容態が、ヒック、良くないって」


 ミサキの頬を伝う涙。

 小刻みに震えている小さな体。

 さきほどまでと打って変わって青ざめた顔。


 こんな様子のミサキとそのまま別れるなど、ユウマには出来ない。

 父からも、母からも、そんな育てられ方はしていない。


――――――――――――――――――――

💀ブレイカーのランク ふんわり基準

☆高ランク

S テレビにも出ちゃう英雄クラス

A 大規模ダンジョンも余裕のトッププレイヤー

B 自分のチームで大規模ダンジョンを攻略できる

C 自分のチームでダンジョンを攻略できる

★低ランク

D 攻略チームでボス戦にも貢献できる

E お金か運か才能があればなれる

F 続けていけば誰でもなれる

G スタートラインに立った半人前


 ちなみに……

  セイジはCランク

  セイイチロウはBランク  でした。

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