第11呪 放置ダンジョンは呪われている💀


「興味があるから、かな? そのグローブと……君に」


 と言われた次の週末。

 ユウマはミサキとふたり、H市の寂れた空き地にある小さなダンジョンの前に立っていた。


 アラサー男子が、歳の近い女子にあんなセリフを向けられて、イエスと答えないわけが無いのだ。


「着いたわ、ここよ」


「ここって、もしかして放置ダンジョンすか?」


「そうよ。ゴミそうじ専門のブレイカーと、ちょっと優秀なだけのポーターに企業からの依頼案件なんてあるわけないでしょ。大丈夫、ちゃんと市役所のダンジョン課に攻略ブレイクの申請しておいたから」


「うわー、ミサキさんってば、きっつーい」


 ダンジョンが発生して困るのは、いつも土地の所有者だ。先日の陽光タワーのような大型商業施設は営業を停止しなくてはならない。


 一刻も早くダンジョンを攻略して欲しい企業は『クイックラッシャー』のようなダンジョンブレイク企業へ発注する。


 一方、放置ダンジョンとは、土地そのものが既に使われていなかったり、所有者がダンジョンブレイクの費用を用意出来なかったりして、ダンジョン化現象が1年以上放置されている場所のことを言う。


 放置ダンジョンは自治体に申請だけ出せば、誰がブレイクしても構わない。簡単に言えば早いもの勝ちということだが、依頼主がいない=ブレイクする金銭的なメリットが少ない―自治体から少額の補助金は出る―ため、そのまま放置されがちである。


 たまに、実績を積んでランクアップにいそしむ低ランクブレイカーや、レアアイテム狙いのギャンブルブレイカーが挑戦しているのを見かけるが、ダンジョンの数から考えると焼け石に水だ。


 ほとんどの場合は大手ダンジョンブレイク企業が『企業の社会的責任シー・エス・アール』の一環で、人目につく場所からブレイクして回っている。


 つまるところ、人目につかない場所にある放置ダンジョンとなれば、高確率で放置されっぱなしになるということだ。


「ここ、何年ものっすかね?」


「さあ? なんだか熟成してそうよね」


「熟成して美味しくなるタイプだといいんすけど」


 お酒好きらしい軽口を叩きながら、ふたりはダンジョンへと足を踏み入れた。

 彼らのあとを怪しい人影が追ってきているとも知らずに。


      💀  💀  💀  💀


 ダンジョンの中はミイラ男の巣窟だった。

 包帯でぐるぐる巻にされていて性別不明のためミイラ女という可能性もあるが、考えるのが面倒なのでここは古式に則ってミイラ男と呼ばせて頂く。

 男にせよ、女にせよ、殴って倒せるモンスターはユウマの敵では無かった。


「本当にスゴいのね、そのグローブ」


 出てくるミイラ男を片っ端からワンパンで沈めていくユウマを見て、ミサキは素直に感心している。


〔 そうであろう、もっと誉め讃えよ 〕


「あんまり褒めないでもらっていいすか?」


「あら、どうして?」


「邪龍のやつが調子に乗るんで」


 さっきから頭の中で邪龍がドヤっていて、ユウマは辟易へきえきしていた。

 どんなにイケボだろうと、喋っている内容がウザければ結果ウザい。


「へぇ、邪龍ってかわいいのね」


「えぇ!? 全然っすよ。ウザいだけっす」


「あらそう? 楽しそうに見えたけど」


〔 ウザいとはなんだ、ウザいとは 〕


「ウザいってのは邪魔ってことだよ。おまえなんか邪龍じゃなくて邪魔龍だ、じゃ・ま・りゅ・う」


 急に見えない邪龍と口喧嘩をしはじめたユウマは、他人から見れば危ないヤツ以外の何者でもなく、ミサキはただ目を丸くしていた。


「あ、いや。今のは邪龍に言ったんす。すみません」


「別にいいけど……ねえ、そろそろ敬語やめにしない?」


「え? いいんすか? (めっちゃ助かるわ)」


 初めて『Amakusa』で飲んだときに年上だと分かってから、ユウマはなんとなく敬語を使い続けていた。

 正直なところ、見た目が中学生女子のミサキに敬語を使うのは、違和感を通り越して抵抗感すらあった。

 ミサキの提案は大歓迎だ。


「ふたつしか違わないし、君だけ敬語だと私の方が歳上だってバレそうだし……邪龍とはタメ口なんでしょ?」


「あいつはタメ口でいい、マジで」


 邪龍ともなれば、ダンジョン装備に宿る存在の中でも上位種の部類に違いない。

 それをユウマがぞんざいに扱っているのを見て、ミサキの口からふふっ、と笑いがこぼれた。


 ふたりの親密度と、ダンジョン探索はどちらも順調に前へと進んでいく。


 ダンジョンはほとんど一本道で、ユウマたちはいま金色に輝く大きな扉の前に立っていた。


「分かりやすくボス戦直前ってかんじね」


「今さらっちゃ今さらなんだけど、ふたりで大丈夫かな?」


「あら、不安なの?」


「不安っていうか。ほら、いつもセイジ先輩のチームだと雑魚モンスター排除ゴミそうじ役とかいたし……俺みたいな」


「ああ、アレ……いらないよ。君のグローブなら雑魚モンスターが湧いてくる前にボスを倒せるでしょ。……それにしても、君って本当に恵まれてたのね」


 ミサキが少しあきれた様子でユウマの顔を覗き込んだ。


「あ、誤解のないように言っておくけど、別にバカにしてるわけじゃないわよ。高ランクと低ランクできっちり役割を分けたチーム編成って確かに流行ってるけど、あんなの出来るのは大手ダンジョンブレイク企業のチームくらいなの。だから良い環境で働いてたんだろうなって」


 ミサキの指摘は的を得ていた。

 ユウマには思い当たるフシが有りすぎる。


「いつもセイジ先輩がダンジョンに連れていってくれてたから……」


「セイジ先輩って、金髪で真っ赤な鎧を着た? 大規模ダンジョンでリーダーやってた? ふぅん、先輩に恵まれたんだね」


 ユウマは無言で頷いた。

 大規模ダンジョンでは最後に置いていかれたものの、ユウマにはセイジを恨む気持ちなど微塵もない。

 セイジにはリーダーとしての立場があるし、シビアに命の取捨選択が出来るのは彼が優秀だからだ。

 そして何より、入り口から遠い位置にいたのはユウマ自身のミス。自己の責任を他人に押し付けてはならないことくらいは理解している。


「それじゃ、入りましょう」


「オッケー」


 ユウマたちは金の大扉をゆっくりと押し開ける。

 中はピラミッドのような四角錐の造りで、フロアの四隅から伸びた線が天井で収束していた。


 ――オオオオオオォォォォォォ


 低い唸り声がフロアに響く。

 ドス、ドス、という足音と一緒に、奥から現れた2mサイズの金色のミイラを見てミサキが呟いた。


偉大なる王のミイラマミー・オブ・ザ・グレイトキング……」




――――――――――――――――――――

💀H市の寂れた空き地

 八王子市なのか、日野市なのか、東村山市なのか、羽村市なのか、はたまた……。

 答えは特に決めておりませんので、皆様の想像しやすい場所を思い浮かべてください。

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