第10呪 その言葉は呪われている💀


「それ以外の真実が存在することは我が社のリスクだ。エースブレイカーとしてのお前の経歴のため、お前が継ぐ会社の信用ため、お前が背負う社員の未来ためだ。分かるな?」


 セイイチロウの言葉に、セイジが唇を噛む。

 目では涙をこらえているため、顔の中心もクシャクシャになっていた。


 深夜の社長室は静寂に包まれていた。

 壁に掛けられたアンティークのアナログ時計の秒針がチッ、チッ、チッと動く音と、心臓がドクン、ドクン、ドクンと鳴る音が、セイジの耳の奥で交じり合う。


 会社として不都合な事実を隠すためには、ボスモンスターを倒したユウマの存在が表に出ないようにしなくてはならない。

 かわいがってきた後輩ブレイカーがついにチャンスを掴んだというのに、これからセイジがその輝かしい未来を奪う。

 セイジの脳裏に「先輩!」と駆け寄ってくるユウマが浮かんできた。


 歳の近いブレイカー仲間のほとんどが、引退したか、命を落とした。

 18歳で新米ブレイカーとしてデビューし、25歳を過ぎてもブレイカーを続けている者は全体の1%にも満たないという統計が出ている。


 低ランクのままで、命を落とすことも無く、10年もブレイカーを続けているユウマのような存在は珍しい。

 セイジがユウマの実力に見合ったダンジョン攻略案件を見繕っていた、という側面は確かにあるが、それだけで生き残っていられるほどブレイカーは甘くない。

 ブレイカーとしての覚悟が足りないだけで、ユウマの身体能力はブレイカーの中でも高いレベルにあるのだとセイジは考えている。


 セイジは、ユウマがいつかブレイカーとして成功する未来を期待していた。

 だからこそ、今回の大規模ダンジョン攻略という最大のチャンスを前に、社長の息子という立場をフル活用してユウマをねじ込んだ。


 平たく言うとユウマはセイジの推しなのだ。


 しかし、セイジには父に逆らうという選択肢は存在しない。

 そう育てられてきた――いや、しつけられ、刷り込まれてきた。

 与えられてきた選択肢は常に『YES or はい』しかなかった。

 覚悟を決めたセイジが頷く。


「はい。分かっています。お父さん」


 息子の返事に満足したセイイチロウは、ソファから立ち上がると、セイジの肩をポンと叩いて部屋をあとにした。


「しくじるなよ」


 去り際に、息子へ言葉をかけて。


      💀  💀  💀  💀


「うーん、本当に取れない」


 同じ頃、ユウマとミサキはまだAmakusaにいた。

 ユウマが何度も「このグローブは呪われているから外せない」と説明しているのにミサキが一向に信じてくれないのだ。

 かれこれ30分くらい、ユウマは右手をミサキに預け、左手で焼酎のロックを飲んでいる。


〔 何度やっても無駄なこと 〕


 邪龍もすっかりあきれている。


「もし、本当に邪龍の力が封印されているとしても変なのよ」


 グローブを外すことは諦めたが、まだ納得のいっていないミサキがブツブツと文句を言い出した。


「え? どういうことすか?」


「呪いとは違うけど、ダンジョン装備には精霊の力や神仏の力が宿ったものが見つかっているわ」


伝説級レジェンダリークラスっすね。それは俺も知ってます」


 伝説級レジェンダリークラスの装備は、圧倒的な強さを誇る一方、ダンジョン装備の中でも断トツにレアリティが高い。

 市場では数十億の値で取引がされている、まさに伝説の装備だ。


「そう。そんな伝説級レジェンダリークラスの装備でもダンジョンの外では力を発揮できない。なぜだか知ってる?」


「えーっと、確かダンジョン装備はダンジョンにある『魔素』を吸収して力に変えているから、魔素が無い場所では超常的な力が出せないとか」


 魔素が無いところでは装備品固有のスキルを使えない。それどころか単純な攻撃力や防御力も低下する。

 外の世界では、ダンジョン製の魔剣よりもご家庭にある包丁の方がよほど切れ味が良い。


「そのとおりよ。じゃあ、どうして? どうして魔素が無い外界なのに! 『装備が外れない』なんて超常現象が起きてるのよ!?」


「それは俺が聞きてぇっすよ……」


(で、どうして?)


 ユウマは、心の中で邪龍に訊いてみた。


〔 我は知らん。だが言われてみると…… 〕


〔 ちょっと力が入りにくいかもしれん 〕


(そういえば、このグローブの攻撃力ってどれくらいなの?)


〔 ダンジョンなら攻撃力9999だ 〕


「ぶっ」


 想定と桁が違いすぎて、飲みかけのお酒を盛大に吹き出してしまった。


「きゃっ! なにしてるのよ。私、なにか面白いこと言ったかしら!?」


「ゴホ、ゴホ、いや、ゴメン。ちょっと、ケホン、お酒がのどを直撃したんすよ。んっ、コホン」


 ユウマは攻撃力9999などという馬鹿げた数字を初めて聞いた。

 小中学生男子が大好きな『俺の考えた最強の武器』って感じだ。


 ちなみに大規模ダンジョン攻略用に貯金をはたいて買った大剣クレイモアの攻撃力は30だった。

 もちろん、ダンジョンの魔素があっての数値だ。


(ちなみに究極を超えた拳ウルトラアルティメットパンチってなに?)


〔 攻撃力9999の翔ぶ打撃スキルだ 〕


(じゃあ打撃を飛ばさないときは?)


〔 直接殴るがいい 〕

 

〔 だが我は翔ぶ方がカッコいいと思うぞ 〕


(それはまあ、分からなくもない。翔ぶスキルはカッコいい)


〔 貴様も少しは分かってきたな 〕


(でも、スキル名は死ぬほどダサい)


〔 やはり貴様とは分かりあえぬ 〕


「ねえ、君。ちょっと、聞いてる?」


「あ、ごめん! なに?」


 邪龍と脳内会話をしていたユウマは、ミサキによって現実へ引き戻される。


「だから、こんど一緒にダンジョン攻略に行きましょって言ったの」


「え? なんでっすか?」


 大規模ダンジョンの攻略に声が掛かるミサキなら、わざわざユウマと一緒にダンジョンに行かなくても、このあたりの企業案件を単独で受注できるはずだ。

 わざわざユウマのポーターを買って出る理由が無い。


「見たいからよ」


「なにをすか?」


「ノワールサイクロプスを倒した、その実力を。それから……」


 ミサキが少し間をおいた。

 細い指先が、彼女の下唇を優しく押している。

 酔って薄紅色染まった頬と、潤んだ瞳が、幼い見た目とは裏腹に中身は大人の女性であることを思い出させる。


「興味があるから、かな? そのグローブと……君に」


 不覚にも、ユウマの心臓はドクンと大きく跳ね上がった。




――――――――――――――――――――

💀レア装備のクラス レア度順

 伝説級レジェンダリークラス

 最上級エピッククラス

 希少級レアクラス

 の3種類でコモン、アンコモンという表現はない。


 尚、伝説級レジェンダリークラスの武器でも攻撃力が4桁に届くものはほとんど見つかっていない。


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