第9呪 彼女の涙は呪われている💀


「やあ、いらっしゃ――ひぃっ! 幽霊!?」


「幽霊ってなんすか、足もちゃんと付いてますよ」


「いやだって……」


 戸田が店の奥に視線を送る。

 そこには、すっかり見慣れたロリっポーターが酔い潰れていた。


「ミサキちゃんが、高坂さんは大規模ダンジョンで死んだって。さっきまで『私が殺したようなもんだ』って荒れてて……ほら、そこの空き瓶見てよ」


 ミサキの周りには、栓が抜けているスパークリングワインのフルボトルが4本。

 その総量は、およそ3リットルだ。


「まさか……あれ、全部ひとりで?」


 戸田は静かに頷いた。

 ワイン、特にスパークリングワインに弱いユウマは、フルボトルの半分もあれば酔っ払ってしまう。

 中高生のようなビジュアルでフルボトルを4本も空けてしまうミサキに、とちょっとした感動を覚えた。


(これがギャップ萌えというやつか)


「マスター。……おかわりちょーだい。……あれ? マスター?」


 ミサキが目を覚まし、キョロキョロと辺りを見回している。


「私、もしかして寝てた? ……って君!?」


 ミサキがユウマに気づき、元々パッチリした目をこれでもかというくらい大きく見開いた。

 ユウマはなるべく自然に、と心掛けつつ「お、おっす」とぎこちない挨拶をする。


「私……まだ寝てるのかしら。死んだはずの男が目の前に立ってるわ」


「なんか高坂さん生きてたみたいだよ」


 ミサキは、そんなことは有り得ないとばかりにブンブン頭を振った。

 そのまま、アルコールに起因する頭痛で頭を抱えた。

 あれだけ飲めば当然だ。


「いたたたた……、いやそれは無いわ。それだけは絶対に無いのよ。あの状況から生きて帰ってくるなんて高ランクのハンターでも難しい。ましてや彼じゃ……」


 ユウマとミサキの目が合った。

 ミサキの目に涙がたまっていく。


「ほんもの……なの?」


 ミサキがゆっくりとユウマに近づき、両手で頬に優しく触った。


「ああ……幻じゃない、幽霊でもない」


「ちゃんと生きて帰ってきたっすよ……いでっ、いででででで」


 感動的な再会のシーンにも関わらず、ミサキがユウマの頬を思いっきり引っ張る。


「夢でも……ない」


「それは自分の頬でやらないと意味ないやつっす……わっ」


 ミサキがユウマに思いっきり抱き着いた。

 身長差は約20センチメートル、いまユウマの首のあたりにミサキの頭がある。

 シャンプーと、少し汗の混じった甘い匂いがした。


「生きてた! 生きてた、生きてた、生きてたぁ!! わあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!! よがっだよ゙お゙お゙お゙お゙おおおおぉぉぉ!!! 私が!! 私のせいで!! ごめ゙んな゙ざあ゙あ゙あ゙ぁぁぁい」


 ユウマは、女の人がこんなに近くで号泣しているのを見るのは初めてだ。

 ミサキのビジュアルを差し引いても、まるで子供の様だと思った。


 胸の中で泣き続けるミサキの背中を、ユウマは優しくトントンする。

 そんなふたりの様子を見守っていた邪龍だったが、どうしても言わずにはいられなかった。


〔 このあと滅茶苦茶セッ―― 〕


「言わせねぇよっ!!」


 頭の中へ直接下ネタをぶっこんできた邪龍に、ユウマは思わずツッコミを入れてしまった。

 涙で目を真っ赤にしたミサキが、胸元から顔を上げてキョトンとしている。


「え?」


「あ、いや、ゴメン。いまコイツが……って聞こえないか」


 そう言いながら、ミサキの背中に回していた両手を上にあげ、グローブを睨みつけていると、ミサキの視線も邪龍のグローブに注がれ――そして、ふき出した。


「ぶっ!! ふふっ、なにそれ!? ぶはははははっ!! もしかして、あはははは! 君の趣味!? あははははははは!! 人の趣味は、それぞれだし? 私は、いひひひひ、良いと、思うよっ。中学生みたいで! あーーっはっはっはっはっは」


 泣いたカラスがもう笑った。

 さっきまでの感動的な雰囲気を、一瞬でぶち壊す中二病の破壊力。

 さすがは悪夢の竜帝ナイトメアドラゴンエンペラーだ。


「ち、ちがう。違うんすよ。聞いて! 俺の話を聞いてくれ!!」


 お腹を抱えて笑い転げるミサキが、落ち着いて話を聞けるようになるまで15分かかった。


(そっちこそ見た目が中学生のくせに)


 中二病のアラサーと、中学生に見える三十路女が焼酎Barにいる店内は、一見さんがAmakusaに入店するのを思いとどまらせるくらいにはカオスな光景だった。


      💀  💀  💀  💀


 深夜1時を過ぎているにも関わらず、新進気鋭のダンジョンブレイク企業『クイックラッシャー』の社長室は明るかった。


「セイジ、お前は何も分かっていない」


 直立しているセイジは、足元がガクガク震えている。

 目の前にいる男が怖いのだ。


 男の名は『遊佐ゆさセイイチロウ』、セイジの実の父親である。

 セイイチロウは、社長室に置かれた来客用のソファーに深く腰を下ろし、太い脚を大股に開いて座っていた。

 太い脚といっても不摂生に贅肉を蓄えた脂の乗った脚ではない。

 はち切れんばかりの筋肉で作られた鋼鉄の脚だ。


 設立10年のダンジョンブレイク企業『クイックラッシャー』を、新進気鋭のベンチャーと呼ばれるポジションまで引き上げたセイイチロウの手腕は、敏腕よりも剛腕と評されることが多い。

 ほんの数年前まで、齢50を超えても社長兼エースブレイカーとしてダンジョンに挑み続けてきた強者つわものだ。


「お前が率いる我が社の攻略チームが、陽光タワーの大規模ダンジョン攻略に失敗したことは、すでに世間の知るところとなった。にも関わらずダンジョンがブレイクした。なぜだ?」


 これはダンジョンがブレイクした理由を聞いているわけではない。

 なぜなら、ダンジョンをブレイクしたのが『自分達がダンジョンで見捨てた最底辺ブレイカーのユウマ』であることは、ユウマからのメッセージと共にセイイチロウに報告済みだ。


「分からんのか? お前が我が社の精鋭部隊と再びダンジョンに乗り込んで、ボスモンスターを始末したからだ。それが真実でなければならない。そうでなければ、我が社はクライアントの信用を失ってしまう」


 セイイチロウの眼光が鋭く光る。

 ただ強いだけのブレイカーでは、会社をここまで成長させることは出来ない。

 清濁併せ呑むセイイチロウの経営手腕があってこその結果だ。さすがは剛腕。


「それ以外の真実が存在することは我が社のリスクだ。エースブレイカーとしてのお前の経歴のため、お前が継ぐ会社の信用ため、お前が背負う社員の未来ためだ。分かるな?」




――――――――――――――――――――

💀「このあと滅茶苦茶セッ」

 こちらも前回に続いてネットミーム、ネットスラングです。


💀「言わせねぇよっ!!」

 こちらはお笑い芸人トリオ「我が家」のネタですね。下ネタを言おうとしているキャラへのツッコミとしてちょっとしたブームになっていた時期がありました。

 色々あってテレビでトリオが揃ったところを見る機会はなくなりましたが……。

 

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