第8呪 お前は童貞で呪われている💀


「ミサキさん、あいつは俺が引きつけます。その間に入り口へ走ってください」


 ユウマの提案にミサキは大きく首を横に振った。

 ミサキからすれば、つい先日、Barで出会ったばかりの男に庇われる理由などない。


「君、なにを言ってるの!? そんなこと出来るわけ――」


「あなたには助けなきゃいけない母親ひとがいるんでしょ!?」


「なんで知って……」


 ミサキの顔が歪んだ。

 母親の顔を思い浮かべてしまった。

 ミサキがここで死んでしまったら、誰が母を救ってくれるというのか。


「走って! はやく!!」


 ミサキが動揺する中、先に動き出したのはユウマの方だった。

 ユウマは懐から護身用のダガーを取り出すと、ノワールサイクロプスに投げつけ、入口とは逆の方向へ走り出した。

 ユウマから敵意を感じ取ったノワールサイクロプスは、ミサキに背を向けユウマを追いかける。


 こういうときは先に動き出した方の勝ちだ。

 今さらミサキが囮になることは出来ないし、ユウマを追いかける選択は意地を張っているだけだ。


「……ごめんなさい」


 ミサキは小さく謝ると、顔を伏せたまま入り口へと走っていった。

 大空洞に残されたのは、ノワールサイクロプスが1匹と、最底辺のブレイカーが1人。

 ブックメーカーがあったなら、ユウマの勝利は超大穴・高配当になっていたはずだ。

 

「あははは、ちょっと格好つけすぎちゃったかなあ」


 とは言うものの、ユウマにとって、ミサキを犠牲にして自分だけ生き残るという選択肢は無い。二人一緒にいても戦闘力1が1.5になるくらいのもので、敵との戦力差は歴然だ。


 この状況で彼女を逃がす選択肢は、最も合理的な判断だったとユウマは確信していたし、後悔は一切なかった。


 ――グオオオオォォォォォォォォ!!!!!


 再びノワールサイクロプスが咆哮を上げた。

 叫び声のテンションが高い。

 これからがお楽しみ、ということだろうか。


 モンスターが理性を持って拷問をすることはない。

 しかし、猫がネズミをいたぶって遊ぶように、本能的に人間をいたぶるモンスターはいくらでもいる。


〔 ……ら……か? 〕


(ん? 今、なにか聞こえたか?)


〔 ち…………か? 〕


(いや、気のせいか)


 ユウマの耳に、人の声のような幻聴が聞こえ始めた。


(なんだ、なんだ? ご先祖様のお迎えでも来やがったか? お呼びじゃねぇよ)


 ―グオオオオオオオォォォ!!


 心の中で悪態をついていたら、ノワールサイクロプスの声にかき消された。


 ドシン、ドシンと足音を鳴らしながら、ノワールサイクロプスが寄ってくる。

 さあ、右に逃げるか、左に逃げるか、それとも正面か。


 そのとき、ゴゴゴゴゴゴゴ、という大きな音と共に、地面が大きく揺れ出した。

 大型の地震くらい揺れている。立っているのがやっとだ。

 黒いサイクロプスもよろめいて、たたらを踏んでいた。


 ミシミシミシミシ、ピシシシシシシシという音と共に、ダンジョンの床面に亀裂が入りはじめ、端っこの方からガラガラと床が崩れ始めた。

 数秒後、ユウマは黒いサイクロプス共々、ダンジョンの下層へと落下していった。


      💀  💀  💀  💀


 その後、ユウマは『呪われた邪龍のグローブ』の力でノワールサイクロプスを撃破し、無事にダンジョンをブレイクした。(第1呪を読んでね)


 黒い霧――大規模ダンジョン――が消え去ると、ユウマは独り、陽光タワーの入口に立っていた。

 目の前の大通りには、たくさんの車が走っている。

 さっきまでボスモンスターと命のやり取りをしていたとは思えないくらい、そこは日常だった。


 スマートフォンを取り出して時刻を確認すると、すでに23時を過ぎていた。

 かれこれ12時間くらいはダンジョンに潜っていたことになる。


「俺、本当に生きて帰って来れたんだな」


 大袈裟ではなく、一歩間違えば死んでいた今回の大規模ダンジョン攻略。

 生きているというのは幸せなことだ、という至極当たり前の感情がじんわりと湧いてくる。


〔 我と契約したのだから当たり前だ 〕


「……やっぱり、お前も夢じゃなかったんだな」


 呪いの邪龍の声が頭に響く。


 ユウマは、あらためて両手のグローブを見た。

 見れば見るほど、香ばしくて痛々しいデザイン。

 しかも喋る邪龍(悪夢の竜帝ナイトメアドラゴンエンペラー)機能付き。

 バンダイのDXシリーズかよ。


「そういや、なんで俺と契約したんだ?」


〔 仲間たちが逃げるなか、貴様は弱いくせに身をていして女を守った 〕


〔 あれは……格好良かった。まさにヒーロー 〕


「やめろ、恥ずかしい」


〔 我と契約すれば、もっと格好良くなれるぞ 〕


「異議あり! 貴殿のセンスは絶望的です!」


〔 被告の異議を却下する 〕


「横暴だな、こいつ」


〔 悪夢の竜帝ナイトメアドラゴンエンペラーはエラいのだ 〕


〔 ところで貴様は、あの女と恋仲こいなかなのか? 〕


「恋仲て。昭和かよ。別にそんなんじゃねぇよ」


〔 あのロリっ娘を狙っているのか? 〕


「しれっとロリっ娘って言ったな。――だから、違うっての」


〔 貴様、童貞だな? 〕


「ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ! いい加減にしろ!」


 ユウマは、なんだかんだこの邪龍と喋るのが楽しくなっていた。


「あ、そうだ。とりあえず、先輩にだけは報告しとかないとな」


 セイジに電話をする。

 が、一向に繋がる気配がない。


「大規模ダンジョンの攻略を失敗したわけだし、会社でいろいろ処理とかあるのかもな……メッセージだけ送っておくか」


 ユウマは自分が生きていること、強力な武器を拾ったおかげでボスモンスターを倒せたこと、ダンジョンブレイクして帰っていることを報告した。

 強力な武器が中二病の邪龍(悪夢の竜帝ナイトメアドラゴンエンペラー)に呪われていて外せないことは伏せておいた。

 ただでさえ信じられないような情報が多いのに、呪いのことまで書いたらふざけていると思われてしまうかも、と考えたからだ。

 ユウマは、セイジからの返事を待つことにした。

 

 今日はユウマはこれまでの人生で一番の山場を越えた。

 何度も死にかけた。


 生きて帰って来れたことで、脳からはアドレナリンがドバドバ出ている。

 このまま家に戻っても恐らく興奮して寝つけないだろう。

 こんな夜は、アルコール様にお力を拝借して眠りにつこうと、ユウマは家に戻る前に、『Amakusa』のドアを開けた。


 ――ガラガラガラガラ

『Amakusa』ではいつものようにマスターの戸田さんが出迎えてくれた。


「やあ、いらっしゃ――ひぃっ! 幽霊!?」


 常連客に向かって幽霊呼ばわりとは、ずいぶんとゴキゲンなBarだ。




――――――――――――――――――――

💀「ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!」

 元はテレビ朝日系列で放送していた番組「タモリ倶楽部」の「空耳アワー」というコーナーで紹介された空耳ネタです。

 「空耳アワー」というのは海外の曲のフレーズがなぜか日本語に聞こえる、という空耳を紹介するコーナーです。

 つまり、この回における「ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!」もユウマがネットミームで返した、というシーンになります。

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