第5呪 この選択は呪われている💀


「考えるくらいなら辞めておいた方がいいわ」


 その声の冷たさと、棘の鋭さにユウマは言葉を失った。


「命を天秤に掛けてでも得たいものがあるのでなければ、大規模ダンジョンは、いやダンジョンに潜るのは辞めた方がいい、って言ってるの」


 自分のことを意気地なしとバカにされたような気がしたユウマは、感情のままにミサキに突っかかる。


「なんで、あんたにそこまで言われなきゃならないんすか」


「だって君には、君のことを待っているご両親がいるんでしょう? 命を賭けてダンジョンに潜らなくても家族と幸せに暮らしていける……私とは違う」


「あんたに俺のなにが分かんだよ!」



 ユウマはグラスに半分ほど残っていた焼酎を一息に飲み干すと、ドンとカウンターに勢いよく置く。

 氷で薄められているとはいえ、25度のアルコールがユウマのノドを焼いた。


「さあ。分からないし、分かりたいとも思っていないわ。ただ……命は大切にしなさい、って言っているだけよ。――マスター、お勘定ちょうだい」


 絶対零度のトーンを保ったまま、ミサキは独りで店を後にした。



「クソ! なんなんだ、あのロリババア。人のことを腰抜けみたいに言いやがって。慎重に仕事を選んでなにが悪いってんだ」


「そういうつもりじゃないと思うよ」


「なんだ。マスターもあの女の味方するんすか?」


 ユウマはイライラしていた。

 ついさっきまで楽しく話していたはずなのに、なにが気に障ったのか。

 ミサキが豹変した理由にユウマは心当たりが無い。

 そんなミサキの肩を持つマスターも気に入らなかった。


「途中で止められなくて申し訳なかったけど、高坂さんにとっても大事な話だと思ったんだ」


「あんなの、大事な話なもんか」


 怒りが収まらないユウマに、戸田が「お詫びだ」と言いながら、カウンターで空のままになっていたグラスに、新しい焼酎を継ぎ足す。



「ダンジョン攻略は命懸け。その覚悟を持てないなら引退した方が良い。僕もそう思うよ。実際にそうやって引退していったブレイカーも、ポーターも、たくさん見てきたしね」


「俺の覚悟は足りてないってことすか?」


 怒りをぶつける場所が見つからず、ユウマは小皿に残っていたビーフジャーキーを乱暴に歯で引き裂いた。

 不服そうにモグモグとビーフジャーキーを噛んでいるユウマに、戸田は静かに事実を突きつける。


「まあ、少なくとも彼女はポーターに命を賭けているよね」


「そういや、あの女。ママの手術代とかなんとか」


 ミサキが口を滑らせたセリフに言及すると、戸田の動きが一瞬、止まった。

 この話をすべきかどうか、しばらく黙考した結果、彼はユウマのために話すことを決めた。


「これは僕の口から言うべきことじゃない。だから誰にも話さないで欲しいんだけど、ミサキちゃんは唯一の家族である母親の手術費用を稼ぐためにポーターをやっているんだそうだ」


 ミサキ自身が口を滑らせたこともあり、ここまではユウマにも察しがついていたが、その続きはユウマの想像を遥かに超えていた。


「女手ひとつで彼女を育ててくれた大事な母親らしい。いまは意識不明で入院していて、海外の名医に手術をお願いしなきゃダメなんだって。金額は多分、億はくだらないんじゃないかな」


「意識不明で入院……、億はくだらない……」


 ユウマは、ついさっきミサキが「うちは、そんな風に小言を言ってくれる親がいないから」と言っていたことを思い出した。

 ミサキが置かれているドラマのような状況と、手術にかかる現実離れした金額に、ユウマは別世界の話を聞いているような感覚に陥る。

 だが、ブレイカーやポーターになるのに、そんなドラマの主人公のような境遇が必要と決まっているわけではないはずだ、という結論に至った。。



「そりゃ、俺にはそんな大層な目的はないけど……それでも俺だって、ブレイカーとして一人前になる夢を持ってクソ田舎から出てきたんだ」


「うん、知ってるよ。だから、その夢に命を賭けられるのかって話さ。別に大層なお題目が必要ってわけじゃない」


「夢に、命……。あー、クソッ」


 夢に命を賭けられるのか。

 高校時代のユウマなら当然「賭ける」と即答していただろう。

 なぜなら、その賭けに必ず勝つ、という強い自信があったから。

 ブレイカーになって、予想もしていなかった大きな壁にぶつかって、ユウマは自分でも気づかないうちに、気持ちが高ランクを目指すことを諦めてしまっていたことに気づかされた。


 ユウマは継ぎ足された焼酎をあおると、スマートフォンを取り出して、セイジにメッセージを送った。


      💀  💀  💀  💀


「あら、君はこのまえの。そう、結局来たのね」


「うす。俺はこのダンジョンで必ず結果を残すんで。もし結果を残せなかったら、ブレイカー辞めるっす」


 数日後、ユウマは陽光タワーの大規模ダンジョンの前で再会したミサキに、自らの決意を伝えた。

 Bar『Amakusa』で会った時とは違い、ダンジョン装備に身を包み、髪をまとめたミサキは少し大人っぽい雰囲気になっていた。

 といっても中学生が高校生に見える、くらいの差ではあるが。


「そう。頑張ってね」


「うぃっす!」


 ユウマの決意に対して、ミサキの反応は薄かった。

 事前に彼女と会っていなければ、きっと冷たい女だと思ったに違いない。

 しかし、ユウマは彼女が優しさゆえに厳しい人なのだと知っている。


「死んじゃダメよ」


 そう言い残して、ミサキはポーターが集まっている場所へと移動した。


「ほんと、素直じゃない人だな」


 やはり、ミサキは優しい。

 結果を残す、と息巻いているユウマに「結果も大事だけど命はもっと大事だ」と諭している。


 命懸けでやることと、命を雑に扱うことは違う。

 人は気持ちが先行すると、踏み込むべきリスクと、絶対に踏み込んではならないリスクの境目が分からなくなるものだ。


 お金を稼がなくてはならない、と強く思えば、トラップが仕掛けられていそうな宝箱でも開けたくなる。

 必ず結果を残す、と強く思えば、勝てない敵にも斬りかかりたくなるし、数をこなそうとして戦い方が雑になる。


 ユウマは結果を残した上で、もう一度ここへ帰ってこなくてはならない。

 死んだブレイカーの功績など、なんの意味もないのだから。


「よし、みんな準備はいいか? いくぞ!!」


「「「おおおおぉぉぉ!!!!」」」


 セイジは深紅のメタルアーマーに光を反射させながら、ブレイカー12人、ポーター3人の合計15人で編成された攻略隊のリーダーとして、陽光タワーの大規模ダンジョンへと突入した。




――――――――――――――――――――

💀ブレイカー12人、ポーター3人

 攻略隊リーダーはセイジですが、攻略隊は3チームで構成されています。

 ブレイカー4人とポーター1人で1チームです。

 これはダンジョン内で別行動を取るときや、複数のモンスターを相手にするときに指揮命令系統レポートラインを分かりやすくするためのものです。

 セイジはチームリーダー兼攻略隊リーダーという立場となり、セイジのチームにヤッくんとユウマがいます。

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