第4呪 そのロリっ娘は呪われている💀


「贅沢な話ね」


 アルコールで頬を赤く染めた女性の風貌は、女性と言うよりも女子というワードの方が似合う。

 座高が低く、黒髪セミロングという髪型も相まって、中学生と言われても納得してしまいそうなルックスは、焼酎をたしなむBarにはあまりにも場違いだった。


 戸田がお酒を出しているのだ。さすがに未成年ということは無いだろう。


 ビジュアルの話はさておき、ユウマはまずこのロリっと会ったことがあるのか、必死で記憶を掘り起こす。

 結論は初対面――のはずだ。

 もしかしたら、この店で泥酔しているときに会っていて記憶にないのかもしれないが、少なくとも横からタメ口で小言を差し込まれる関係ではないと断言できる。


「それ、俺のことすか?」


 ユウマは、なるべく威圧感がでないように、軽い口調で発言の意図を確認した。


「あら、聞こえちゃった? 気を悪くしたのならごめんなさい」


 素直に謝られて、ユウマは肩透かしを食った気分になる。

 ロリっ娘は、手元のグラスをグイッと飲み干すと「おかわり」と戸田を呼んだ。


「ちょっと、うらやましくなっちゃって」


「うらやましい? どこにでもある親の小言だよ」


「そのどこにでもあるものが、うらやましいと感じる人もいるってことよ」


 相手のタメ口に引っ張られて、ユウマも自然とタメ口になる。

 そして、親の小言がうらやましいなんてことを言う奇特な人がいることに驚いていた。


「うちは、そんな風に小言を言ってくれる親がいないから」


 ユウマは顔をしかめた。

 早くに親を亡くしているのか、親に捨てられたのか、親との縁が切れているのか、理由は分からないがあまり気持ち良い話では無さそうだ。


 この話を続けるのは得策ではない、と慌てたユウマは必死で話題を変える。


「そ、そうなんだ。それにしても君って若く見えるよね? 歳いくつ? もしかしてお酒を飲んじゃいけない歳だったりして……なんてね」


 デリカシーに欠けた、考えうる限り最悪の方に近い話題転換だ。

 ユウマがこれまで女性と良い縁が無いのも、こういう雑な性格に起因している。


 ロリっ娘はこれみよがしにため息をついて、もうその質問は飽き飽きしているとでも言いたそうな顔をした。


「あなたが今日の5人目よ」


「え?」


年齢確認ねんかく。まあ、いいけど。もう慣れちゃったし。私、これでも三十路なの。確認する? ほら免許証」


 これまでに何度も同じ状況を経験していて、その度に「ウソー!」とか「またまた~!」とか言われてきたのだろう。

 流れるようにスムーズに、彼女は財布から自動車の免許証を取り出した。

 顔写真のところをしっかり指で隠す技術も手慣れている。


「マジ? まさかの歳上……だったんすね」


 少なくとも5歳は下だと思って話していた女性が、自分より2つも上という事実に驚くあまり、ユウマは敬語に戻っていた。


「その反応は今日の3人目」


 彼女は自嘲気味に笑うと、ミサキと名乗った。

 さらに自分の仕事はダンジョン攻略に欠かせない荷物持ち『ポーター』だと言う。

 

 もちろん『ポーター』は荷物を持つだけが仕事ではない。


 広いダンジョンのマッピングをして効率的に探索を進めたり、確認されているだけで数百種類はいると言われるモンスターに関する知識を持ってブレイカーに弱点を教えたり、簡単な応急手当が出来たりと、攻略に欠かせない重要なサポートメンバーである。


 彼女の仕事がポーターだと知って、ユウマも自分はブレイカーだと明かした。


 もちろん最底辺のブレイカーだとか、一向に芽が出る気配がないだとか、そんな話はしない。


 この近くのエリアで有名なブレイカーの話など、共通の話題で十分に盛り上がった。そして話題は大規模ダンジョンへと移る。


「大規模ダンジョンって入ったことあります?」


「もちろんあるわ。ほんの2回だけだけど」


 大規模ダンジョンに参加できるメンバーは優秀な人材を厳選するのが一般的だ。

 ユウマが戦力外だと言われ、セイジの温情でなんとか滑り込もうとしているように、生半可な実力ではそもそも声を掛けても貰えない。

 それを2度も経験しているというだけで、ミサキが優秀なポーターであることがうかがえる。


本当マジすか!? 大規模ダンジョンって、どんな感じでした?」


「横はもちろん、縦にも広いから大型のモンスターがウヨウヨしてるし、部屋やトラップの数も桁違いよ。着いていく仲間を間違えたら、あっという間に死体になるわ」


 幼い少女のような顔をしたミサキの口から放たれた「死体になる」というワードのパワーに、ユウマはヒュッと息を飲む。


 陽光タワーの大規模ダンジョンはユウマにとって、またとないチャンスだ。

 しかし死体になるのはちょっとな、とも思ってしまう。

 参加すべきか、せざるべきか、いまだにユウマの心は揺れていた。


「でも……とてもお金になった」


 ミサキはそのときのことを思い出したのか、ニヤリと笑った。

 ポーターは個々の契約にもよるが、ダンジョンブレイクによって企業から支払われる報酬、いわゆる攻略ブレイク報酬の10%が相場と言われている。


 大規模ダンジョンはブレイク報酬だけでも億単位のお金が動く、という噂はユウマでも聞いたことがある。


 仮に5億円の売上があればポーターに支払われるお金は5000万円。

 参加していたポーターがミサキの他にもう数人いたとしても、1人当たり1000万円近いお金が入ってくることになる。


 優秀なポーターは、優秀なブレイカーよりも貴重と言われ、有象無象のブレイカーの何倍も稼ぐ。


「じゃ、じゃあさ。もし、大規模ダンジョン攻略の誘いがあったら――」


「もちろん参加するわ」


 一瞬の迷いもなく、まさしく即答だった。

 むしろユウマの質問に被せてきた。


 これほど簡単に決断できるのにはなにか理由があるはずだ、とユウマは考える。

 例えば、大規模ダンジョンの体験談はちょっと盛られていて、本当はそんなに危険じゃないとか……。


「実は、もうすぐあるのよ。大規模ダンジョンの攻略。ここで大きく稼げれば、ママの手術代が貯まるかもしれない」


 人は酔っぱらうと、普段言わないようなことでも、つい言ってしまうことがある。

 この日のミサキもそうだった。


「あっ、ごめんなさい。こんな話をするつもりじゃなかったんだけど。飲み過ぎるとダメね」


 だがユウマにとっては、そんなことはどうでも良かった。

 むしろ「もうすぐある」という大規模ダンジョンの方が気になっていた。

 大規模ダンジョンの攻略案件なんて頻繁に発生するものではない。

 彼女が参加する案件は、ユウマがセイジから誘われている陽光タワーの案件と同じだと考えて問題ないだろう。


「いや、良いんす。そっか、あなたも参加するんすね」


「あなたもってことは、君も? 陽光のアレ?」


「はい、陽光の。でも、参加するかどうかはまだ考えてんすよね」


 ユウマが「まだ考えて」と言った瞬間。

 明らかにミサキの表情がスンとなった。


「考えるくらいなら辞めておいた方がいいわ」


 その声は氷のように冷たく、薔薇のように棘があった。




――――――――――――――――――――

💀優秀なポーターは貴重

 ダンジョン攻略は誰であろうと命懸けなわけですが、ポーターの知識と経験が攻略の成功率と仲間の生存率を左右します。

 しかし戦闘能力の低いポーターはチーム内での生存率も低く、どうしても育ちにくい傾向にあります。

 そのため優秀なポーターはリソースの取り合いになります。そういう市場だと企業専属よりもフリーの方が一気に大金を稼げるのでミサキはフリーでポーターをやっています。

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