第3呪 都会のBarは呪われている💀
「そんなユウマにいいニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」
外国ドラマのジョークテイストの問いかけに、ユウマが「じゃあ、悪いニュースで」と答えると、セイジは心底残念そうな顔をして続けた。
「お前にはまだ早い」
「えー。じゃあ良いニュースで」
ただでさえ大きいセイジの目が、さらに大きく開いた。
さあ、これからお前と驚かせるぞ、と表情が語っている。
「近々、陽光タワーの大規模ダンジョンを攻略する。ここ数年で一番大きな仕事だ」
それは確かに驚くべき良いニュースだった。
陽光タワーと言えばT区のシンボルとも言える商業施設だ。大規模ダンジョンは危険度も高いが、その見返りもかなり大きいと予想される。新進気鋭のダンジョンブレイク企業『クイックラッシャー』にとっても恐らく最注力案件となるだろう。
これはセイジがテンション爆発フェイスになるのも仕方がない。
「マジっすか!? すげぇっすね!! じゃあ、悪い知らせって言うのは……」
再びセイジが心底残念そうな顔になる。
実に顔芸が達者な男だ。
こういう魅力が後輩ブレイカーに慕われる理由なのだろう。
「お前にはまだ早い」
もう一度同じことを言われて、やっとユウマも理解した。
セイジは、次のダンジョン攻略ではユウマは戦力外だと伝えているのだ。
ユウマは目に見えて肩を落とした。
大規模ダンジョン攻略は分かりやすい実績になる。
もちろんブレイクに成功しなければ全てパーだが、ブレイクできたときはゴミそうじ係でもかなり大きな功績を貰えるはずだ。
もし参加出来たなら、くすぶり続けてきたユウマも
だが、大規模ダンジョン攻略は高度なチーム連携が求められるシビアな現場だ。
戦力外の実力のメンバーを連れていくことは、チーム全体の生存率に関わる。
もちろんユウマ自身の生存率にも。
つまり、セイジの判断は正しい。
「だが――」
諦めかけたユウマの前に、セイジの口から逆説の接続詞が飛び出した。
「ユウマがもし、どうしてもと望むなら。オレの責任でお前ひとりくらいなら何とか出来なくもない。だがいつものダンジョンより段違いに危険なことに変わりはない。しっかり考えてから返事をくれ」
「セイジ先輩……」
ユウマがセイジを見る目から、尊敬と感謝の視線があふれだしていた。
もしユウマが女性だったなら、きっとセイジに惚れていたに違いない。
💀 💀 💀 💀
「もうよかじゃろ。そろそろ帰って
(もういいでしょ。そろそろ帰ってきなさいよ)
「母ちゃんなそがん言うばってんさ、親父はおいんことばどげん思っとぉと?」
(母ちゃんはそう言うけど、親父は俺のことをどう思ってるの?)
「口ではせからしかことばぁ言いよぉばってん、ほんなこつは帰ってきてほしかに決まっとぉ」
(口では面倒くさいことを言ってるけど、本当は帰ってきて欲しいに決まってる)
ユウマが上京してもう10年。
日常生活はすっかり標準語になったのに、親や地元の友達と電話をすると、湯水のように方言が飛び出してくるのはどうしてなのか、ユウマは不思議で仕方がなかった。
怒ったときにも方言が出ていると指摘されるが、そういうときは方言で喋っている自覚が無かったりする。やはり不思議だ。
ユウマは、高校を卒業すると同時に「ブレイカーになるまで帰らない」と勇ましく啖呵を切って飛び出してきた手前、実家に帰りづらい立場にあった。
父とも、母とも、弟ともそれ以来、一度も会っていない。
会ってはいないが、弟とは頻繁にメッセージアプリで連絡取っているし、母はたまに電話を掛けてくる。
しかし、父とは一度も連絡をしていない。ユウマのスマートフォンには父の携帯番号も登録されていない。
今日の母との電話も、いつもと変わらなかった。
曰く、ダンジョンの仕事は危ないからやめろ。
曰く、定職について安心させてくれ
曰く、早く結婚して孫の顔を見せてくれ
3年くらい前から、電話に出る度にこれだ。
ユウマはもう耳にタコが出来ていた。
こういう日は、行きつけのBarで上手い酒を
ユウマは2カ月散髪していない長めの髪にクシを通し、跳ねている髪を落ち着かせると、ボディバッグを掴んで部屋を出た。
10年住み続けている8畳のワンルームを出て、徒歩4分。
近所にある行きつけのBarの扉を開いた。
――ガラガラガラガラ
横にスライドするタイプの扉だ。
カウンターのみ8席しかない、縦長の焼酎専門のカウンターBarで店名を『Amakusa』という。
都内は地価が高いため田舎では考えられないような狭い空間で商売をしている店がある。
狭い空間で店主と向かい合わせで飲む以外の選択肢が無いお店や、常連と思われるお客で賑わっているお店というのは、敷居を高く感じるものだ。
ユウマは上京して4年が経った頃、初めて『Amakusa』を訪れた。
そして、扉をスライドさせた先にあった細く縦長の店内にビビッて、そのまま扉を閉めて逃げ出した。
それでも行きつけの店が欲しいという感情には抗えず、毎日のように店の前を通った。『Amakusa』の店内に入り、店主から挨拶をされたのは、初めて扉をスライドさせた日から5日後のことだった。
それから6年。今では、ユウマが店の常連ヅラをしている。
「やあ、いらっしゃい。――高坂さん、そろそろ髪切った方がいいんじゃない? 頭が紅茶プリンみたいになってるよ」
カウンターの中に立っていたマスターの
いつもと変わったところを見つけて、話の取っ掛かりと作る会話術。
客商売の人はみんな出来るんだろうか、と細かいことに気づけない性格のユウマはいつも感心している。
「戸田さん、おつかれっす。紅茶プリンって……」
戸田に言われて、店内に置かれた鏡に目をやる。
まず飛び込んできたのは、少しこけた頬、切れ長の目、自己流で手入れをしている眉、目を見張る美形ではないが顔の雰囲気は悪くない。
世の中の男をイケメンとブサイクで二分するなら、なんとかイケメン側に滑り込めるだろう枠のフツメンだ。
そのまま目線を少し上にズラす。
2カ月前に赤茶色の染めた髪が頭頂部から黒くなっていて、まさに紅茶プリンの様相を呈していた。
「うまいこと言いますね。でもなあ、美容室は高いから頻繁に行くのはちょっと……。底辺ブレイカーはあんま金が無いんすよ」
よく続いてるねぇ、と相槌を打ちながら、戸田は小皿に乗ったビーフジャーキーをユウマの前に出した。
「今日も母親から電話で小言を聞かされたとこです。ダンジョンの仕事は辞めろとか、地元に帰ってこいとか。ああ、思い出したら腹立ってきた。芋のロックください」
あいよ、と戸田が後ろの棚から、ちょっと珍しい銘柄の芋焼酎のボトルを取り出し、氷を入れたグラスに注いだ。
ここ1年くらい、ユウマは入店1杯目に飲むお酒をこの芋焼酎と決めている。
「贅沢な話ね」
ぼそり、と呟くやや高い女性の声。
ユウマが声のした方を振り向くと、3席ほど離れた場所にアルコールで頬を赤く染めた女性が座っていた。
――――――――――――――――――――
💀T区の陽光タワー
豊島区のサンシャインシティをベースにしていますが、外観は京都タワーのような観光タワーになっています。
つまり「この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません」なのです。
💀ちょっと珍しい銘柄の芋焼酎
森伊蔵、魔王、村尾、の三大芋焼酎のようなものではなくパンチの効いた通好みの芋焼酎をイメージしてます。
皆さんのお好きな銘柄を入れて頂いて構わないのですが、私が入れるなら、すき酒造さんの「
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