ママは能力者② ~ある日チート能力を手にした主婦が天下無双する話
ゆうすけ
推し活中の人間を怒らせてはいけない
「ところでママ」
「なんなのです」
レーはハンドルを握りながら助手席のミサに向かって話しかけた。ミサはおにぎりをぱくついている。夕闇の国道X号線は帰宅する車で混んでいる。家路に向かう車のテールランプの赤い光が目に刺さる。
「どこへ行くのか分かってるの?」
「ユウたちのことなのですか? だいたい見当はついているのです。とりあえず北へ向かっておけば間違いないのです」
「んんー、そのママの自信がまったく謎なんだよね。ちゃっかりおにぎりなんて持って来てるし」
ミサはおにぎりの最後のひとかけらを口に入れると、肩に斜めにかけたポシェットから水筒を取り出した。慣れた手つきで水筒のキャップをひねってぐびっとお茶を飲む。
「しょうがないのです。慌てて出て来たから晩ご飯食べそこなったのです。腹が減っては戦はできないのです」
「いや、それは分かるけど、あんなに急いで出て来なきゃならないもんだったの?」
レーはどこか不服そうにハンドルを切った。車がぶんと横に揺れる。ミサはドアに腕を突っ張って小さな身体を支える。
「おっと。レー、運転が乱暴すぎるのです! もう少しソフトに運転するのです! ユウたちに追い付く前に事故ったら意味ないのです! だいたいレーこそ運転するだけなのになんでわざわざパンイチになってるのです。そんな必要ないのです。さっきから信号待ちで止まるたびに隣の車からの視線が痛いのです」
ミサの言葉に、運転席でパンイチでハンドルを握っていたレーがつぶやいた。
「……ついクセで脱いでしまった私がバカだったよ。さすがに恥ずかしい……」
「だいたい車の中でパワー出す意味がまったく分からないのです。三倍のパワーでハンドル回しても車が壊れるだけなのです。ママは呆れて物も言えないのです。レーはもう少し脳みそを使わないといけないのです」
「言いたい放題言ってくれるよね。流れからいくとすぐ
「ともかく、早くユウたちに追いつくのです。話はそれからなのです」
「わかったわかった。しかし、お尻が冷たい……」
「自業自得なのです。我慢するのです」
◇
一方、そのころ、ピンクのレオタードを着た女、うさ耳バニーガールのコスプレの女、三つ揃いスーツにステッキとハットでびしりと決めた身長145センチの男の子の三人組は、雪の降る中、北日本最大のドーム球場の前にたたずんでいた。最近人気爆発中のイケメンユニット「Have&Bakichi」のコンサート、開場前の列をなしているファンの少女たちの熱気で雪も溶けんばかりだ。
三人はその熱気みなぎる列から少し離れたところに立っている。
「ねえ、ユウちゃん」
「ん?」
「寒くて死にそうなんだけど」
「あははは、面白い冗談だよね、メグ。そんな格好してたら寒くて当たり前じゃない。服を着なさいよ、服を」
ピンクのレオタードをまとった女は名前をユウという。普段はめがねにおさげ髪というおよそ教室の隅で目立たない女子の典型のような容姿だったが、今日は華やかなラメ入りレオタードで軽快で活発な出で立ちだ。ただ、その豊満に見える胸元がフェイク、いわゆる偽乳であることは一目瞭然だった。
「あたしだって着れるもんなら着たいわよ! コンバットスーツ・フルアーマーで来いっていうからこの格好で来たのに、なによこれ! 詐欺だわ、詐欺!」
対してうさ耳バニースタイルで大声で騒ぐ少女は名前をメグという。白い肌に食い込むバニータイツの奥にはむちむちボディ、こちらは正真正銘のロリ巨乳スタイルだった。しかもその声は世の男の脳髄を溶かす真の甘々ボイスだ。
「ユウちゃん、僕も寒い……。早く仕事終わらせて帰ろうよ」
そして三つ揃いのスーツで決めている少年は、名前をマークという。人も食わないようなかわいい容姿をしているが、時々人を刺すような視線で周囲を見回している。ただものではない、隙のない雰囲気をまとった謎の少年、それがマークだった。しかし、今は二人の女性の後ろで首をすくめて寒がっている、ただのショタだ。
「そうだね。この荷物をあのコンサート会場の中に据え付けるだけでいい、なんて珍しく簡単な仕事だと思ったのよ。いつも無理難題を吹っかけてくるのに。しかも今回は報酬が超豪華! なんたって純白のメルセデスとプール付きのマンションよ?」
「簡単な仕事と豪華な報酬に釣られたわけなのね……。あたしとマークが報酬もらえるわけじゃないのに、来なきゃよかったよ、まったく。あー、さむいー!!」
「まあまあ、そう言わずに。メグとマークと私の三人で仕事したら『イケメンに囲まれてベッドでドンペリニヨン三昧』の報酬が追加されるって言われてるんだから、そりゃ飛びつくでしょ。メグとマークにも分けてあげるからさ」
「なんなの、それ。あたしその報酬全然いらなーい。ユウちゃん、趣味悪い! そんなのまるで悪夢だわ」
「僕、イケメンのドンペリとかいらないなあ。ベンツもマンションも興味ない」
「あんたたちの意見なんて聞いてないの! しかしあそこに並んでいる人たち、みんなコンサート見に来たんでしょ? すごい熱気だよね」
その時、列の先頭で悲鳴が上がった。何事かと三人が目を向けると、男が二人、悠然と最前列の柵の向こうを歩いている。
一人はところどころに鋲を打った黒革のライダースジャケットに身を包み、脂ぎった黒髪はオールバックに整え、薄い色のサングラスをしている。
もう一人は黄色のアロハシャツに短いストローハットを斜めにかぶり、列で熱狂するファンの少女に向かってカップラーメンをばらまいている。
今をときめくイケメンアイドルユニットの突然の登場に、入場待ちの列は大混乱に陥った。
「ほらー、キミたち。俺さあ、緑のたぬきなら無限に持ってるから、いくらでもあげるよー」
「Haveさーん!!! 私にも頂戴!!!」
「静かにしろ、クソガキどもぉ! 俺はロリコンじゃねえ殺すぞ……待て待てスマホ構えるんじゃねえ写メ撮ろうとすんな動くなっつったろうが!!」
「きゃー、Bakichiさーん!!! 殺して、お願い、殺してー!!!」
先頭に近い少女たちは発狂せんばかりに声を張り上げて、柵の向こうの二人組に手を振っている。それを見てユウたち三人はドン引きした。
「ねえ、ユウちゃん。あの熱気、すごいよね」
「あれじゃ寒さなんて感じないわね。しかしあの二人組、あんなに人気あるんだ。見た目ただの怪しい二人組なんだけどねえ」
「なんかドラマで女子中学生を誘拐する役で出てから人気が出たらしいよ」
マークがスマホで得た情報を、画面を指でフリックしながら読んで告げる。
「じゃあ、キミたち、またコンサート会場で会おうねー」
「クソガキども、後でまとめてイかせてやるから、待ってな」
「キャー、Haveさーん、私も緑のたぬき三十万円分買うから抱いてー!!!」
「Bakichiさーん!!!」
今日のコンサートの主は手を振って会場の中へと入って行った。しかし、それは入場待ちのファンには煽り以外の何物でもなかった。
「なんか、あれ、ほとんど宗教みたいなもんなんだねー、ユウちゃん」
「でも、まあ推しに入れあげてる心情は分からないでもないなあ。Haveが攻めでBakichiが受けなら、……ちょっといいかも。やだ、いいじゃない! 今、刺さった。創作意欲ががんがん湧いて来たわ!」
「ちょっと、ユウちゃんやめてよ、こんなところで大きな声出すの」
「ああ、情景が目に浮かぶ! 降ってきたわ! いきり立つHaveがBakichiを貫く。甘い吐息に我を失うBakichi。すごくいい!」
ユウが大きな声で叫んだ刹那、周囲が静まり返った。明らかに空気が変わる。そうでなくても低い気温がさらに下がった。マークが異変を感じ取って叫ぶ。
「ユウちゃん、危ない! よけて!」
群衆の中から黒髪の女の子が無感情な目でユウに襲いかかってきていた。しかも一人ではない。次々と少女たちがうつろな目で襲いかかってくる。
「私たちの宝物、Have&Bakichiを汚い妄想でけがした!」「許せない。天罰を!」「イカれた妄想女に鉄槌、叩きつけてやる!」
女の子たちはうわごとのように呪いの言葉を吐きながら、次々と襲ってくる。それぞれの手にはコンサート会場で販売されてるグッズ。ペンライトもサイリウムスティックといった普通のグッズ以外にも、ワイルドさを売りにしているHave&Bakichiのロゴ入りメリケンサックや警棒などは、この状況ではそのまま凶器になり得る。
女の子たちのアタックを寸前でかわしながらユウがキッと黒髪の女の子をにらみつけた。ユウだけでなくメグもマークもすぐにコンバットモードに切り替わる。
「ちょっと、なにすんのよ!」
メグはファイティングポーズを構えて叫んだ。
「それはこっちのセリフ。尊いHave&Bakichiを汚したものは死ぬべき」
女の子は機械のような平坦な声で答える。ゆらりと振り返った黒髪の女の子の目を見て事態の危急を感じ取る。
「この子たち、話が通じない……。ユウちゃん、この子たち、何かに操られてるよ。 意志が感じられない!」
「メグ、マーク、走るよ。かまってるヒマはない。ひとまず先に今日のミッションを達成しよう!」
「了解。マークは左に行って! あたしは真ん中行くわ」
「OK、ユウちゃん、メグちゃん、じゃあ」
三人は短く言葉を交わすと、続々とゾンビのように襲ってくる少女たちを避けながら、コンサート会場の中心部に向かって駆けだしていった。
……つづく(狂気の次回へ!!)
ママは能力者② ~ある日チート能力を手にした主婦が天下無双する話 ゆうすけ @Hasahina214
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます