第30話 食事会

「小池氏は何にする?」

 守也氏が小池氏を見る。

「僕ラーメン」

「・・・💧 」

 確かに、小池氏は他にも中華のメニューはあるのにラーメンを頼んでいる。

「さっきラーメン食べたばっかりなのに、また夜もラーメンかすごいな・・」

 僕もラーメンは好きだがそこまでは、食べられない。

「かんぱ~い」

 この日はしっかりと美咲さんも誘い、みんなで乾杯をする。今日はチューダーではなくビールだった。

「おいしい、やっぱり東京のラーメンはおいしいですね」

 藤尾不二子の二人は、松葉のラーメンに感動し、口々に感嘆の声を上げる。

「うん、おいしい」

 僕も唸る。松葉のラーメンはやっぱりおいしかった。昔ながらのシンプルな醤油味だが、そのスープのうま味が奥深い。

「餃子も食べて」

 美咲さんが言う。餃子以外にもチャーハンやニラレバ、エビチリや八宝菜など、色々とみんなが食べれるように美咲さんが勝手に頼んでくれている。

「おお、さすが美咲さん太っ腹」

 守也氏が言った。

「あんたたちは、奢りじゃないわよ」

 美咲さんは、僕と赤木氏、守也氏を睨むように見る。

「ええっ」

 僕たちいつもの三人は同時に悲痛な声を上げる。

「ちゃんとツケとくから、後でちゃんと返してね」

「厳しいな・・」

 守也氏がうなだれながら呟く。そんな僕たちの表情を見て美咲さんは笑っている。多分、冗談なのだろう。僕はそう解釈した。

「というか、なんか最近、僕ら毎日、集まって飲み会やってますよね」

 僕が言った。

「そうだね」

 守也氏。

「なんやかんや理由つけて、集まってますよね」

 赤木氏。

「君子さんにまた怒られそうだな」

 守也氏が冗談めかして言う。

「その辺にいたりして」

 僕は狭い店内を見回す。

「また突然出てくるんですよね」

 赤木氏。

「はははっ、そうそう」

 みんなで笑う。藤尾不二子の二人は何のことか分かっていないので、ポカンとしている。

「僕も大分君子さんには追い込まれたな」

 小池氏が懐かしそうに言う。

「へぇ~、小池氏もそうだったんですか」

 僕がそう言った時だった。松葉の店の入り口がガラガラと勢いよく開いた。

「ん?」

 何気にみんなその方を見た。

「わっ」

 そして、みんな叫びのけぞった。そこに立っていたのは君子さんだった。いつものあのスタイル、堂々とした仁王立ちで松葉の入口に君子さんが立っていた。そして、その背後には、目に見えそうなほどの怒りのオーラが立ち上っている。

「わわわっ」 

 僕たちはビビる。

「楽しそうね」

 そう言いながら、君子さんが僕たちのテーブルにゆっくりと近づいて来る。僕たちみんなさらにビビる。

「いや、今日は藤尾氏たちの歓迎会で・・」

 守也氏が言い訳気味に言う。

「あなたたちは漫画を描くのよ」

 しかし、それを無視して、君子さんは僕たちに指を差し、突きつける。

「それ以外は全部無駄な時間よ。前に何度も言ったわよね」

 君子さんは、まったく容赦ない。

「そ、そこまで・・💧 」

 僕は絶句する。

「で、でも君子さん、食事会くらい・・」

 赤木氏が言う。

「それでいいの?」

「えっ?」

 そこで、君子さんが何かを差し出した。

「今日は、これを渡しに来たの」 

「なんですかこれ」

 僕がそれを受け取る。そして袋の中を開ける。それは最新号のジャンピングだった。

「おおっ、美咲さんの漫画載ってる」

 早速みんなで中を見る。

「また、一位よ」

 君子さんがドヤ顔で言う。

「おおっ、すごい」

 僕たちは感嘆の声を上げる。

「今日はそれを見せるために来たんじゃないの」

 そんな僕たちに君子さんが言った。

「えっ」

 僕たちは君子さんを見る。

「その下を見てごらんなさい」

 僕たちはそのランキングの下を見た。

「あっ、新作だ。なのにいきなり二位」

 僕たちはそこで初めてその存在に気づく。

「あなたたちと同い年よ」

「えっ」

 君子さんは僕と赤木氏、藤尾不二子両氏を見た。

「・・・」

 僕たちは、すぐにページをめくりその漫画を見る。

「すごい」

 僕たちはすぐにその漫画のすごさに気づいた。絵もうまい、その表現力も半端ない。絵の迫力が違っていた。

「・・・」

 みんな食い入るようにその漫画を読む。おもしろかった。これはこれから絶対に話題になるなと思った。

「どう?」

 君子さんが僕たちを見下ろすように見る。

「・・・」

 美咲さん以外、全員沈黙。

「いいの、あんたたちここでこんなことしていて」

「・・・」

 言葉もなかった。

「食べ終わったら、すぐに漫画を描くのよいいわね」

 君子さんが、一瞬でお通夜のようになった僕たちにぴしゃりと言った。

「は、はい」 

 全員が背筋を伸ばし声を揃える。もう関係のない小池氏までが背をピシッと伸ばし返事をしている。

「やっぱ迫力あるなぁ」

 君子さんがいなくなると、小池氏が言った。

「僕もう関係ないのになんかびびちゃったよ。条件反射だね」

 小池氏が笑う。

「小池氏も昔はやられてたんですか」

 僕が訊く。

「ああ、もうしょっちゅう怒られてたよ」

 小池氏が笑う。

「いつものパターンなんだが、なんかいつもビビっちゃうんだよね」

 守也氏が言った。

「君子さんはなんか、怖いんですよね」

 僕が続く。

「うん」

 赤木氏がうなずく。

「ていうか、君子さんなんで僕たちがここにいるって分かったんですかね」

 僕が言った。

「さすがにちょっと怖いものがあるよな」

 守也氏が言った。

「逃げらんないってことよ」

 美咲さんが言った。

「・・・」

 しかし、さすがにここまで来ると、恐ろしいものを感じてくる。

「でも、僕たちもがんばらないと・・」

 赤木氏が言った。すると、美咲さん以外みんな沈鬱な表情になった。あの新しい漫画の衝撃が全員の脳裏に蘇る。

「今夜は徹夜だな」

 守也氏が言った。

「そうですね」

 君子さんに言われたからばかりではなかった。美咲さんの漫画やあの新しい漫画の存在が僕たちにいい刺激になっていた。

「そろそろ出ようか。漫画描かなきゃいけないし」

 みんながとりあえず料理を全部食べ終わり、人心地着くと守也氏が言った。

「はい」

 そして、みんな立ち上がった。

 そして、支払いの時だった。

「お代は全部いただいているわよ」

 僕たちがお金を払おうとすると、松葉の店員のしのぶちゃんが言った。

「えっ」

 みんな驚いた。

「君子さんが全部払っていったわよ」

「いつの間に・・」

 僕たちは、言葉もなく驚く。

「君子さんて厳しいばかりでもないんですね」

 赤木氏が言った。

「うん・・」

 君子さんの意外な一面にみんな驚いていた。

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