第27話 ライバル
僕たちは、早速二人をトキワ荘の部屋に案内する。部屋は赤木氏の向かい、美咲さんの隣りの四畳半の部屋だった。
「ここに二人で入るの?」
僕が少し驚きながら二人に訊く。
「はい」
しかし、二人はまったく意に介した様子はない。
「へぇ~」
一人二畳半以下だ。僕の三畳間よりも一人辺りの面積は小さい計算になる。
「私たち小学校からずっと一緒なんです」
二人が同時に言った。やはり、双子みたいだ。
「そうなのか」
守也氏が感嘆したように驚く。
「ずっと一緒なんだ」
僕が言う。
「はい」
二人の声はまた揃う。
「仲いいんですね」
赤木氏。
「はい」
二人はまたハモる。
「漫画は二人で描くの?それとも別々?」
僕が訊いた。
「私は背景しか描けなんです」
少し背の低い方の我孫留不二子さんが言った。
「私は人しか描けないんです」
藤尾みどりさんが言った。
「だから、二人で一人なんです」
「なるほど」
「ストーリーは二人です」
「へぇ~、そうなんだ」
僕たちはなんだか感心してしまう。二人で漫画を描くというのはなんだか斬新だった。
「年はいくつなの?」
そう僕が二人に訊いた時だった。
「年齢は十八歳。今年高校を卒業したばかりよ。あなたたちと同じね」
当然背後で声がした。
「わっ」
振り向き、僕たち三人は驚きのけぞる。君子さんだった。君子さんが、部屋に突然現れ、そこに立っていた。君子さんはいつも神出鬼没だ。
「呑気に年なんか聞いてる場合じゃないわよ」
「えっ」
「二人はあなたたちのライバルになる子たちなのよ」
君子さんは僕と赤木氏、そして、守也氏を指さす。
「・・・」
そうか。仲間でもあるが、二人は同時にライバルでもあるのか。君子さんの言葉でそのことに気づかされる。
「のんびり感心している場合じゃないわよ」
君子さんが鋭い視線を僕たちに向ける。
「えっ」
「漫画は戦いなのよ」
「えっ」
「戦争なのよ。生きるか死ぬか。殺し合いなのよ」
「それは言い過ぎじゃ・・」
赤木氏が呟く。
「言い足りないくらいよ。プロっていうのはそういうことなのよ」
そう言って君子さんは僕たちを鋭く睨みつける。
「・・・」
君子さんの表現は少し極端だったが、しかし、確かにプロの漫画家とは、のんびり創作活動だけやっていればいいというものではない。表現できる紙面は限られている。そこの奪い合い、戦いでもあるのだ。それは君子さんの言うとおりだった。そのことをプロの漫画家を目指している僕たちは嫌でも向き合わなければならない。
「・・・」
僕たちは言葉もなく、君子さんのその言葉にただ黙っていた。
「じゃあ、二人のトキワ荘引っ越しを祝って、かんぱ~い」
守也氏がグラスを掲げる。
「かんぱ~い」
とりあえずその日の夜は、守也氏の部屋にみんなで集まって、不二尾藤子さんたちの歓迎会を開いた。もちろん、いつものチューダーでの乾杯だった。
「でも、仲間が増えるって、うれしいね」
守也氏が言った。
「そうですね」
ライバルとはいえ、仲間が増えるのはやはり、なんだかうれしい。僕もそう思った。
「ちょっと」
「わっ」
その時、突然、部屋の襖が勢いよく開いた。
「だから、何で私を誘わないのよ」
美咲さんだった。
「いや、忙しいかなと思って・・」
慌てて守也氏が答える。
「忙しくても、飲むって言ってるでしょ」
そう言いながら、美咲さんは部屋に入って来て、どかりと、怒りながら僕の隣りに座る。ただでさえ狭い部屋がさらに狭くなる。
「そうでした」
「そうでしたじゃないわよ。まったく、危うく、私だけ蚊帳の外じゃない」
美咲さんはプリプリと怒る。
「ん?誰?」
その時、初めて美咲さんは不二尾藤子さんたちの存在に気づく。
「あっ、お互い初めてでしたね」
赤木氏が言う。
「こちらが、今日からトキワ荘に越してきた不二尾藤子さんです」
「漫画描くの?」
「はい、私たち二人で合作で漫画を描いているんです」
二人はまたハモりながら言う。
「えっ、そうなの。私何にも聞いてないわよ」
美咲さんも驚く。
「僕たちも今日聞いたんですよ」
僕が言う。
「二人は姉妹?」
美咲さんが、二人を見て僕たちとおんなじことを言う。
「いえ、違います」
二人はまたハモる。
「双子?」
「だから違いますよ」
僕がツッコむ。
「二人で不二尾藤子という漫画家なんです。幼馴染の他人だそうです」
僕が説明する。
「そうなんだ・・」
そう言いながらもまだ納得いっていない感じだった。
「まあ、でも、よろしくね。私は美咲瑠璃よ」
しかし、そこはあまり細かいことにはこだわらない豪快な性格の美咲さん。そう言って右手を差し出す。
「よろしくお願いします」
二人も、自分たちの手を差し出し、同時に丁寧にあいさつをする。
「ていうか、美咲さんて苗字だったんですか」
僕が驚く
「そうよ。美咲瑠璃」
「そうだったんですか。てっきり下の名前かと思ってました」
「何よ。今知ったの?」
「はい」
「僕も今知った」
守也氏も驚いている。
「あんたはもう一年近くになるじゃない。気づくの遅過ぎるでしょ」
美咲さんがツッコむと、みんな笑った。美咲さんが来て、その場は一気に和んでいった。
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