第25話 お尻会議

「あっ」

 部屋から出ようとした時だった。それと同時に隣りの部屋の開き戸が開いて、そこから人が出て来た。

 お隣りの美人さんだった。

「こんにちは」

「あっ、こ、こんにちは」

 向こうの方からあいさつをしてくれた。美人だけど感じのいい人だった。

 ガラッ

「あっ」

 そこに向かいの部屋の守也氏と、一緒にいた赤木氏も偶然出て来た。そして、二人が同時に声を上げる。二人は隣りのその美人とちょうど向かい合う形になった。

「こんにちは」

「こ、こんにちは」

 隣りの美人さんは、守也氏たちにも、気さくに愛想よくあいさつした。

「それじゃ」

「は、はい」

 そして、彼女は軽く会釈すると、僕たちに背を向けどこかへと出かけて行った。そのお尻を、僕たちに見せつけるように、くねくねと左右に大きく揺らしながら、モンローウォークで彼女は去って行った。はいているのはこれでもかと超タイトなミニスカートだった。

「・・・」

 僕たちは言葉もなくそのお尻を見送った。

「すごいね・・」

 守也氏が呟く。

「はい・・」

 僕と赤木氏が同時に、呆けたようにそれに答えた。

「お尻って素晴らしいね・・」

「はい・・」

 僕たちは言葉を発する気力すら奪われ、そのお尻に見惚れた。

「あれ絶対わざとだよな」

 守也氏が呟く。その後、守也氏の部屋に僕たちは集まり、あのお尻をみんなで回想するお尻会議を開いていた。僕たちはまだあのすばらしいお尻の魅惑の中にいた。

「僕たちに見せつけてるんですかね」

 赤木氏が守也氏を見る。

「そうだろ」

「・・・」

 僕たちはもう一度あのお尻を思い出す。

「男心を揺さぶってるんだよ」

「僕、彼女が気になって漫画描けませんよ」

 僕が嘆くように言う。

「まあ、あんな美人でしかも、泣く子も黙るAV女優だからな」

「それが隣りの部屋にいるんですよ。もうたまりませんよ」

 僕は頭を抱える。

「確かに、うれしいのか辛いのかよく分からないシュチュエーションだよな」

 守也氏がたばこに火をつけながら言った。


「ううううっ」

 お尻会議が終わり、自分の部屋に帰っても、あのプリプリと横に揺れ動く堪らなくセクシーな彼女のお尻が僕の脳裏に焼きついて離れなかった。

「無理だ。絶対に無理だ。この環境で漫画を描くなんて絶対に無理だ」

 僕は悶える。

「心頭滅却よ。心頭滅却すればどこでだって漫画は描けるわ」

「わっ」

 いつの間にか、また君子さんが僕の頭の上に立っていた。今日も、この貧乏所帯のトキワ荘にまったくふさわしくない高級で派手な服に身を包んでいる。

「心頭を滅却してすべての煩悩を消し去るのよ」

「修行僧ですか」

「悟りを開くのよ」

「漫画家になるよりも難しいでしょ」

「努力と根性よ」

 どど~んと、喪黒福造よろしくいつものように僕を指さす。

「は、はい」 

 そして、その勢いに、今日も無理やりねじ伏せられてしまう。いつもこのパターンだった。

「あれっ、今日は帰らないんですか」

 いつもなら、ここで君子さんはさっさと言うことだけ言って帰っていくのだが、今日は帰らない。

「何してるのよ」

「はい?」

 君子さんが僕を見る。

「まだ何か?」

「何かじゃないわよ」

「はい?」

「今日はこのトキワ荘に新しい仲間が来るのよ」

「えっ、新しい仲間?」 

「そうよ。不二尾藤子さん。期待の大型新人よ」

「女性!」

「大型新人の方に反応しなさいよ」

 だが、僕は君子さんの話が終わらないうちに部屋を飛び出していた。

「大変だぁ」

 僕は勢い込んで向かいの守也氏の部屋に飛び込んだ。

「どうしたんですか」

 守也氏の部屋にいた赤木氏が驚いて僕を見上げる。

「どうしたの」

 守也氏もくわえたたばこを落としそうになりながら、驚いた顔で僕を見る。

「新しい子が来るらしいですよ」

「えっ、漫画家の?」

 守也氏がさらに驚く。

「はい、しかも女の子だそうです」

「えっ」

 二人とも驚く。

「不二尾藤子さんと言うらしい」

「へぇ~、女の子か」

 守也氏が腕を組む。

「期待の大型新人よ」

「わっ」

 君子さんが仁王立ちで後ろに立っていた。

「いつ来るんですか」

 赤木氏が訊く。

「もう来る頃じゃない」

 君子さんはその高そうな光り輝くピンクをあしらった腕時計を見た。

「えっ」

 時刻は午後二時にさしかかっていた。

「もう来るんですか」

 心の準備も何もない。

「そうよ、さっ、受け入れる準備よ」

「受け入れる準備?」

 僕たち三人は君子さんを見る。

「出迎えるのよ」

「えっ」

「アパートの前でお出迎えするのよ。さっ、早くなさい」

「は、はい」

 君子さんに発破をかけられた僕たち三人は慌てて、部屋を飛び出した。

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