第24話 炭水化物
「パンの耳は主食になれる逸材ですね」
僕が二人を見る。
「うん」
僕たちいつもの三人は、あれからパンの耳にはまっていた。安い、うまい、炭水化物。これほどの食材はなかなかなかった。
「でも、さすがにこう毎日だと飽きるな」
守也氏がぼそりと言った。
「そうですね」
確かに、慢性的にお腹が空いていて、何を食べてもおいしいといっても限界がある。
「僕ちょっと考えたんです。ちょっと待っててください」
すると、赤木氏が突然そう言って、立ち上がると、そのまま守也氏の部屋を出てどこかへ消えた。
「できました」
そして、しばらくするとまた部屋に戻って来た。
「ん?」
僕と守也氏が赤木氏の持ってきた皿の上を見る。パンの耳がこんがりと、油で揚げてある。
「これにですね」
それに、赤木氏が白砂糖をたっぷりとかける。
「食べてみてください」
そして、僕たちの前に差し出す。
「うん」
僕たちは、その砂糖のまぶされた揚げたてのパンの耳を半信半疑手に取った。そして、口に入れる。
「ん?」
「どうですか」
「う、うまい」
僕と守也氏は、思わずうなった。サクッとした食感に、砂糖の甘味とパンの香ばしさが絶妙だった。
「うまいよ、赤木氏」
僕と守也氏は目を剥いて赤木氏を見る。
「へへへっ」
赤木氏は照れながら頭の後ろをぼりぼりとかく。
「うん、滅茶苦茶うまい。なんですか。この組み合わせ」
僕はさらに口に運び、感動し興奮する。
「これは発見だよ」
守也氏も興奮している。
「大発見ですよ」
僕も続く。僕たち二人はさらに口に入れ、興奮しきりだった。
「どうしたのこれ」
僕が訊く。
「いや、僕、給食の揚げパンが好きだったんで、それをヒントに」
「ああ、なるほど」
「あれはうまいよね」
守也氏が懐かしそうに言った。
「そうか。確かにこれは揚げパンだね」
僕は赤木氏の作ったパンの耳揚げパンを、手に取り、あらためてしげしげと見つめた。
「油でパンの耳を揚げて、砂糖をまぶすだけなんだけど、まったく別の料理だね。しかも、うまさはもとの十倍くらいうまい」
守也氏があらためて感心する。
「マジでうまいよ赤木氏。君は本当に天才だよ」
守也氏があらためて赤木氏を見る。
「うん」
僕も大きく同意した。パンの耳だけで盛り上がる僕たち三人だった。
「さらに発見したんだ」
次の日、今度は守也氏が何やら言い出した。
「何を発見したんです?」
僕が訊き返す。僕たち三人はいつものように守也氏の部屋に集まっていた。
「新しいパンの耳の食べ方さ」
「えっ」
僕と赤木氏が同時に声を出す。
「砂糖をまぶしたパンの耳を、油で揚げたパンの耳ではさむ」
「おおっ」
「これで外はカリッと、中はふわっと」
「なるほど食感がいですね」
赤木氏が言う。実際食べてみると確かにいい感じだった。
「だろ」
「ただのパンの耳がどんどん進化していますね」
僕は、少し興奮する。
「でも、炭水化物に炭水化物ですね・・💧 」
だが、僕は、ちょっと炭水化物が多い気がした。
「そしてさらにだ」
だが、守也氏は止まらない。
「さらに?」
「ちょうど餅が手に入ったんだよ。実家から送って来たんだ。これを火鉢で焼いてさ。このパンの耳サンドをくるむ。これがまた不思議な食感でうまいんだ。ちょっと食べてみてよ」
守也氏が、その餅で包んだ揚げパンサンドを僕に差し出す。
「あっ、確かにうまい」
僕と赤木氏は驚く。お餅の甘さと粘っこい食感に、揚げパンのカリッとした食感と油、それに挟まる砂糖のまぶされた甘い生のパンの耳。その三つが奇妙ではあるが絶妙なハーモニーを醸していた。
「でも、また炭水化物ですね・・💧 」
「そうですね・・💧 」
僕が言うと赤木氏も困惑気味にうなずく。
「炭水化物に炭水化物に、さらに炭水化物って・・、さすがに炭水化物が多過ぎる気が・・💧 」
僕がさらに呟く。
「これはもはや炭水化物のお化けですよ」
赤木氏も続けて呟く。
「どんだけ炭水化物なんですか」
あらためて、三重に炭水化物にくるまれたその食べ物を見ると、僕はそこにツッコまずにはいられなかった。
「うん、確かに・・」
これには守也氏も同意せざる負えなかった。
「でも、味はいいんだよなぁ」
守也氏がその炭水化物のお化けを口に入れながら言う。
「はい、確かにおいしいんですよ」
僕も、再び炭水化物のお化けを口に入れながら同意する。
「はい」
赤木氏も食べながらうなずく。
「でも、炭水化物が・・」
僕が最後にそう呟くと、全員黙った。
「ていうか俺たち何やってんだろうな」
ふと我に返った守也氏が言った。
「そうですね・・」
「漫画描けよって話ですよね」
「うん・・」
パンの耳の食べ方を研究している場合ではなかった。
僕は自分の部屋に戻ると、漫画を描き始めた。
「しかし・・」
しかし、お腹が満たされると、今度は今まで食欲によって覆い隠されていたあらぬ欲が出てくる。
「隣りにはあの人がいるんだよなぁ・・」
急に隣りのあの美女の顔が浮かぶ。
「・・・」
僕は右を向き、隣りの部屋とを隔てている薄い壁を見つめる。あんな美人でしかもAV女優・・。それがこの薄い壁の向こうのすぐ隣りにいる。
「・・・」
一度考えだすと、それからは隣りの部屋が気になって仕方ない。
「うあああ~、こんな環境で漫画なんか描けるかぁ~」
僕は再びすべてを投げ出して、畳に仰向けにひっくり返った。色んな意味でここは漫画を描くには過酷な環境だった。
「漫画を描くためのアパートなのに・・」
僕はなんか訳が分からなくなってきた。
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