第21話 夢前夜

 僕らの予想した通り、美咲さんの漫画は当たった。大当たりだった。

「大人気よ」

 トキワ荘にやって来た君子さんが、雑誌の人気投票を持って、僕たちに突き出すように見せた。

「おおっ」

 美咲さんの描いたアイドル行進曲は、初回の掲載でいきなり、少年ジャンピングの人気投票第一位に躍り出ていた。

「これがその号よ」

 君子さんもどこか機嫌がいい。僕たちは、君子さんの持ってきたその美咲さんの描いた漫画の載っている号のコミックジャンピングを開いた。

「おおっ」

 そこに見慣れたあの美咲さんの絵が載っている。それだけでなんか興奮した。この原稿を僕も手伝っている。なんだか信じられなかった。

「じゃあ見ていこうか」

「はい」

 僕たち三人の真ん中でジャンピングを持つ守也氏が、ページをゆっくりとめくっていく。それを興奮とワクワクをないまぜにした沸き立つ期待で見つめる。

「おおっ」

 いきなり、まず、もう、出だしの美咲さんの描く主人公の少女キャラのアップだけで、思わず声を上げる。そして、ページをめくると、そこにさらに、超絶な絵と動き、そして見せるストーリー展開。僕たちはもう我を忘れて見入ってしまう。

「やっぱり美咲さんは天才ですね」

 僕が言う。

「うん、美咲さんにストーリーが加わればもう最強だよ」

 守也氏が答える。僕たちは夢中でコマを追った。これはもう一気に読者を虜にしてしまうのが分かった。

「ふう~」

 僕たち三人は、美咲さんの漫画を読み終わり、ジャンピングをバタンと閉じると同時に大きく息を吐いた。

「これで、美咲さんも大物漫画家の一員ですね」

 僕が言った。

「ああ、間違いないね」

 守也氏と赤木氏がそれに大いに同意しうなずく。僕たちはしばらく読後の何とも言えない虚脱した興奮と高揚感の中に浸った。

「浮かれている場合じゃないわよ」

 その時、そんな僕たちに君子さんが鋭く言った。

「えっ」

 僕たちは君子さんを仰ぎ見る。

「次はあんたたちよ」

 君子さんは僕たち三人に鋭く指をさす。

「えっ」

「絶対漫画家になるのよ。そして、ヒットを飛ばすのよ。いいわね」

「は、はいぃ~」

 君子さんが再び鋭く指を差すと、僕たちは、喪黒福造にドーンとやられたみたいにのけぞった。


「かんぱ~い」

 僕たちはその夜、守也氏の部屋で美咲さんを中心にして、チューダーで乾杯した。

「いや~、今からサインもらっとこうかな」

 守也氏が言った。

「そうですよ。絶対もらっといた方がいいですよ」

 僕が言った。

「やめてよ」

 美咲さんは照れる。が、まんざらでもないらしい。

「サインの練習しといた方がいいですよ」

 赤木氏が美咲さんに言った。

「ああ、それはもう考えてあるの」

「えっ」

 僕たち三人が美咲さんを見る。美咲さんは守也氏の机の上の紙を一枚手に取ると、その紙に練習したサインを書き始める。

「どう?こんな感じ」

 美咲さんが自分で考えたサインを僕たちに見せる。

「おおっ、いいじゃないですか」

 やはり、デザインなどの才能はすごかった。字の崩し方、バランスどれもおもしろかった。

「やっぱり、美咲さんもしっかり大物漫画家への準備してるじゃないですか」

「へへへっ」

 僕がツッコむと、美咲さんは照れたように笑った。美咲さんもやっぱりうれしそうだった。

「まあ、でもよかったわ、実家からもういろいろうるさく言われてるのよね。もう私も三十過ぎでしょ。結婚、結婚てうるさいのよ」

 チューダー片手に美咲さんがしみじみと言った。

「そうなんですか」

 僕が隣りの美咲さんを見る。

「もう実家へ帰って来いって、最近なんて毎日のように電話かかってくるんだもん。まいっちゃうわよ」

「実家って、どこなんですか」

「新潟」

「あ、そうなんですか」

「うちは両親共働きで、大手企業のサラリーマンなの。だから、もう、売れない漫画家なんてヤクザと同レベルで見てるからね」

「そうなんですか」

「田舎はそうなのよ。でもこれで、堂々と漫画家って言えるわ」

「よかったですね」

「うん」

 美咲さんは本当にうれしそうにしみじみとうなずいた。

「十年以上、漫画家続けてきてやっとだもん」

「そうか・・」

 美咲さんも苦労したんだな。それは当然だけど、でも、その苦労の重みをその美咲さんの発する言葉の裏に滲み出る声音で知った気がした。

「ついに、このトキワ荘から大物漫画家が誕生か」

 そこに守也氏が付け足すように感慨深げに言った。

「そうですね」

 その言葉にみんな再び興奮した。

「僕たちは歴史の瞬間にいるんですよ」

 いつになく赤木氏も興奮して言う。

「大げさよ」

 美咲さんは謙遜する。

「そんなことないですよ。アイドル行進曲は大ヒットしますよ」

 赤木氏が言う。

「そうだよ。アニメ化、映画化、ドラマ化、みんなが見るんだよ」

 守也氏が言う。

「そうですね。なんか信じられないです。その偉大な作者の人と一緒のアパートに住んで同じ部屋でこうしているなんて」

 僕も重ねて言う。そして、みんなで美咲さんを見る。

「そんなに見ないでよ」

 美咲さんが照れる。

「美咲さんはこれから超有名人ですよ」

 赤木氏が言った。

「サングラスでも買おうかしら」

 美咲さんは冗談めかして言う。

「いや、でも案外ほんとそれ必要かもしれないですよ」

 守也氏が言った。

「そうかもね」

 そして、みんなで笑った。ほぼ叶うはずのない夢がかなったこの奇跡の瞬間のただ中で、みんなどこか異様に興奮し、高揚していた。

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